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イメージ 1
 

Eucharistic Devotion, the Fountain of the Catholic Faith
カトリック信仰の源泉☆エウカリスツィアの信心

2860
ひとりごと 〜身近なオカルトのシンボルについての注意喚起〜


今回、このような記事を作りましたが
聖書に書かれている内容をベースにしています


悪魔はいにしえの蛇として、旧約の人類創造の初めから、神に背かせる者として、
また新約の黙示録では、人類を惑わす竜として、その獣と共に登場します

主キリストは、公生活中、幾度も悪魔を追い祓い、
地獄の永遠の炎や悪魔の存在を明確に教えられました。

悪魔やその働きは、単なる人間の想像の産物ではなく、霊的実在として、
私たちに悪を行なうよう唆す誘惑者であることは、神の御言葉の啓示からも明らかです。

人類と悪魔との霊戦は、今も世界各地で起こっており
このことは私たちにとって、遠い国の話でもなければ、対岸の火事でもなく、
まさに私たちが過ごしているこの世界で、現実に行われているものであり、霊魂の救いがかかっています



最近は特に、オカルト思想の映像や音楽などのメディア戦略が、以前にもまして活発化しています

支配的プログラミングによるサブリミナル効果を狙っているのか
彼らの人間への精神的支配に関する勝利の凱歌をあげる意図であるのか
いろいろな機会に、彼らの崇拝する悪魔の象徴を、あからさまに誇示しています


※PC画像編集技術がないので見づらい手書きでスミマセン(汗)↓は、オカルトシンボルのイメージです

 『小文字の i ・目・9』は悪魔の支配及び従属を示します。

イメージ 3
 




オカルト団体は、シンボルが力を有していると考えていて
あらゆる場所、あらゆる機会に、そのシンボルを掲げます

それは、マインド・コントロールの1つの技法でもあり
それらのシンボルを人間の潜在意識に植え付けることで
オカルト団体の意図する目的へと人々を誘導するトリガーとして用いている、と言われています

彼らにとって、それはいわばCMとなり
彼らを受け入れやすくして、彼らに好意的な反応を抱くようにさせる技術の1つ、とされています

彼らに属するアーティストが発信するメッセージとは
「不道徳や破壊への衝動を正当化しても全然かまわない」
「本能のおもむくまま、本能の命ずるままでいることこそ、あなたらしいのだ」
「あなたは自分を偽って、真面目を気取る必要などない。自己を解き放て」
「何をしたとしても、あなたは自由だ。誰からも咎められることはない。これが自由だ」
「自由奔放に行動しても、それでいいんだよ、それがあなたの生きる道だ」
「神はいない。罪というものもない。来世もない。望みのままに全てを行なうために、あなたは生まれたのだ」
といったものであり
彼らのこの世における目的は、
善徳への無関心、利己主義の増幅、人間関係や家庭の崩壊、
弱肉強食の精神と絶望の植え付け、暴力や不正の奨励、不道徳と退廃の促進であり
罪の意識を喪失させ、
罪の赦しを得させる悔い改めを行なわせないようにすることです

その本質は、
神への背反と拒絶、悪魔と罪への隷属に他ならず
最終的な彼らの目的は
臨終における、罪の不悔悛と絶望であり
来世における、神との断絶、永遠の死、限りない憎悪と呪い、
終わりのない良心の呵責、地獄の炎の苦しみを人類に味わわせることです


悪魔は、荒野で主キリストをこころみられたように
同じ方法を用いて、人々をいざない続けています

肉の礼賛、霊魂の軽視、
神への不適切な認識、
悪魔崇拝、世のあらゆる富や名誉や快楽の掌握における栄華、
このようなものを、ある時にはひそかに、ある時には明示的に提示して、
人々の感覚や精神に働きかけて、
神のお望みから、人々を引き離そうと活動しています


人祖において
旧約の義人において
新約の聖人において
悪魔が神に挑戦するため、その都度許可を得てきたように
悪魔は、私たちのこの人生の旅路において、挑戦をしかける許可を得ています

特に終わりの時には
彼らの残された時間がないため、
その堕天使としてのもてる経験と知識と能力を用いて
神の許された範囲内において、人類に働きかけることが許されています


もちろん神のお望みは
いかに悪魔が人類を欺こうとしたとしても
その欺きを退けて、傲慢な悪魔の頭を、主キリストと聖母と共に踏み砕くことです

人は望めば
そのように悪魔を排斥することができます

いかに悪魔の力が強くとも
人間の自由意志を強制することはできないからです

人は、この世で、悪魔を排斥し、悔い改めて、罪に死んで、
神の恩寵の助けによって、神の愛のうちに生きることができます


ただ、現状、悪魔の国の勢力が人々の中で繁栄し、
彼らの活動が、表立って可視的に、大胆になってきています

これは悪魔の勢力が
社会のあらゆる階層に根づいてきていることを示すしるしです


通常、人は、自分が好むものを身につけて
みずからの内在的アイデンティティを外面的に表示します

いまや人々は
彼らの提示する悪魔的シンボルを、好意的に受け入れ
あるいは、それと気づかずに、
潜在意識下で好意を抱くかのように、
みぶり、タトゥー、デザイン、コード、文字の表記において、
その悪魔のしるしを身に着けています

そのように彼らが暗示的手法を用いて、人々に悪魔のしるしを身に帯びさせるのは
この世における彼らの目的の最終段階へと、人々を徐々に誘導するためです


この世における彼らの目的の最終段階は
人々に神を否ませ、悔い改めを忌避させ、人々に『獣のしるし』を刻印して、
その人々を自分のものとして、いわば、ツバをつけて、
人々を、神に属さず悪魔に属するもの、とすることです

いずれ、『獣のしるし』は、支配階級によるデータ管理一元化システムにおいて、
人々に、666コードを盛り込んだ個体識別番号を割り当てた
GPS機能付き本人認証の非接触型『 i チップ 』を、人間の額か手に埋め込むのでしょう
そして「私は獣を礼拝する」という宣言を、事実上行わせることによって
永遠の滅びへと、人類を陥れようとする悪魔の計画です


黙示録では次のように語られています

『巨大な竜、すなわちサタンとも悪魔とも呼ばれ、全世界を惑わすあの昔の蛇は、
 自分の持っている力と位と偉大な権威を獣に与えた。
 そのため全地は驚嘆して、この獣に追従し、人々は竜を拝んだ。

 この獣には、大言と冒瀆の言葉を吐くことが許され、
 獣は神に対し冒涜の言葉を吐き、神の名と、その幕屋、また天に住む者たちを冒瀆した。

 この獣は聖なる人々に戦いを挑んで、これに勝つ力が与えられ、
 また、全ての種族、民族、言語の異なる人々と国民を、支配する権力が与えられた。  

 さらに、小さな者も大きな者も、富める者も貧しい者も、自由な身分の者も奴隷も全て、
 その右手か額に刻印を受けさせた。

 このようにして、刻印すなわち獣の名、あるいはその名の数字を押されている者以外は、
 物を買うことも売ることもできないようにした。
 それは人間の名を指す数字であり、その数字は666である。

 天使が声高らかに叫んだ。

 「誰であれ、獣とその像を礼拝し、額か手に刻印を受ける者は、
  怒りの杯に混ぜものなしに注がれた神の怒りのぶどう酒を飲み、
  聖なる天使たちと小羊の前で、火と硫黄で苦しめられる。

  その苦しみの煙は、世々に限りなく立ちのぼり、
  獣とその像を拝む者、また誰であれ獣の名の刻印を受ける者は、
  昼も夜も休むことがない。

  彼らは、殺人や、魔術や、姦淫や、盗みを悔い改めなかった。
  彼らは天の神を冒瀆するばかりで、自分たちの行ないを悔い改めようとしなかった」』。


この悪魔たちの影響力を減らしてゆくためには、
また、多くの人々の真の幸福と救いのためには、
私たち1人ひとりが、良心の声に耳をかたむけ、
悪を避けて、善を行なうよう努め、
社会的犯罪はもとより、一般の眼には触れない隠れた道徳的罪を退け
この世の価値観に流されて、見せかけの善や悪を追求するのではなく
神に助けを祈り求めながら、
謙遜、柔和、寛容、赦し、忍耐、悔悛、扶助、微笑、慈善、愛徳などの善徳を、
思い、言葉、行ないにおいて、真摯に実行し、
善の連鎖を、家庭や社会における1人ひとりにおいて広めてゆく必要があります


私たちの最終的な目的は
1人でも多くの人を、できることなら例外なく救うため、
1人ひとりに罪の悔い改めを促して、神の憐れみと赦しに心を開かせ、
「額に神の刻印」(cf; 黙示録7,3)を押させ、
神に愛された子らとして、天国の至福、永遠の生命へ導くことです


いつの時代においても言えることですが
人は弱く、時にとんでもない過ちや罪を犯します

しかし、そのあと、どのように振る舞うかが
その人の人生や永遠を左右します


不悔悛や神の憐れみの拒絶や絶望に浸っていてはなりません

「悔い改めて、福音を信じなさい」(マルコ1,15)。


罪を犯したあとの神への立ち帰り、
悔悛、憐れみへの信頼、永遠の生命の希望を抱かせること、
これこそ、私たちが促進する、悪魔のあらゆる活動を封じる有効な手段です


いついかなる時も
神様が私たちを愛しておられることを忘れないでください

たとえ罪を犯したとしても、それでおしまいではなく
私たちが心から真摯に悔い改めて、神様に立ち帰るなら、
赦しを与えようとして、いつも、また終わりの時にも、
その憐れみの御腕を、私たちに広げておられることを忘れないでください


「神は、その憐れみによって、
 再生の洗いと、聖霊による刷新をもって、私たちをお救いになります。

 神は、この聖霊を、私たちの救い主イエズス・キリストを通して、
 私たちの上に、豊かにお注ぎになりました。

 これは、私たちが、キリストの恩寵によって正しいものとされ、
 希望のうちに永遠の生命の世継ぎとなるためです。

 私たちはみな、善い業に励むことを学ばなければなりません。
 それは、実を結ばない者とならないためです。

 あなたたちの中で、善い業を始められた御方が、
 キリスト・イエズスの日までに、それを完成してくださり、
 神への深い知識と、研ぎ澄まされた感覚を身につけることにより、
 あなたたちの愛が、ますます一層豊かになり、
 大切なことを識別できるようになりますようにと、私は祈っています」(cf ; テトス3,5-14 ; フィリピ1,6-10)。



イメージ 2

↑↑↑↑↑☆画像ぽちクリっとね☆↑↑↑↑↑
内部工作員(Anti-Apostle)の回顧録

Nihil enim est opertum, quod non revelabitur,
et occultum, quod non scietur. (Mt 10, 26)

覆われているもので、明るみにされないものはなく、
隠されているもので、知られないものはない。(マテオ10,26)

The Anti-Apostle number 1025

1025番目の反使徒。。
この人物は、
1917年頃、ロシア人の両親から生まれ、
彼が路頭に迷っている3歳の時、
ポーランドの医師と、その妻の養子とされました。
敬虔なカトリック信者であった夫妻は、
子に恵まれず、彼を自分たちの子として愛情を注ぎました。
また、彼も、自分が夫妻の子であると考えていました。
しかし、彼が14歳の時、
自分が実の子でないことを知り、衝撃を受け、
彼の産みの親に対する激しい憎悪にかられ、
家を飛び出し、友人のもとに行きました。
このことは、彼の人生を大きく変えてゆきました。
神への憎悪は、無神論を広める団体に、
彼の心を開かせました。
その友人は、
彼にロシアの秘密警察の高官を紹介し、
彼は6年にわたる訓練を経て、秘密諜報員となりました。
彼は、彼に指示されたミッションに向けて動き始めました。

Marie Caree

16.「公会議の精神」の名のもとにおける変革 

 

私の仕事が着々と進行していた頃、
公会議が開催されるとの噂が流れ、
私の情熱はより一層煽られた。

私は、教皇の指示によって
幾つかの文書が用意されつつあることを知った。 
 
私は明確な役割を果たせることを、
上層部に確信させた。

そのため最高のポストをあてがわれた。
全ては、私にかかっていた。
財源は、文字通り無尽蔵にあった。 
 
私は、後々優れた仕事を果たすことになるはずの、
左翼の評論家や多くのジャーナリストに金をばら播いた。

希望は全て、公会議文書の変更にかかっていた。
私は進歩的で大胆な神学者たちを通して、
これをすでに提起していた。 
 
私は、野心が彼らを導くと考えた。
実に、野心は最強の原動力だ。

私は、公式の文書を、
つまり教皇が指示した文書のコピーを全て入手した。 
 
ところが、これらは私にとって、予想外の大変動、
全くの災いと言ってもいいほどのものだった。

私は、自分の言葉に慎重にならざるを得なくなった。
公会議終了から、しばらく経過した今でさえ、
あの時のことを思い、寒気を感じる。 
 
これらの文書が編纂されて
広く普及されてしまえば、
これまで私のやってきたことはみな、
いや、あるいはそのほとんどが、
無と化してしまうのだ。 
 
最後のあがきとして、私の情熱と、
特に、無尽蔵に使える金の力によって、
モダニストの文書〜我ながら何たる臆病なモダニストか!〜を、
会議に持ち込んだ。

無論、公文書とこれを、図々しくも差し替えるためである。
この私の手先の早業は、会議全体を、
いまだ立ち直れないほどの仰天した空気で満たした。

今後も立ち直れまい。
図々しさが常に勝つ証拠だ。 
 
しかし、私は、こんなことでは全く満足できなかった。
この第2ヴァティカン公会議は、
私の希望通りのものではなかったのだ。

そのため我々工作員は、
第3ヴァティカン公会議を待たなければならない。
そこでこそ、遂に、完全勝利を見込めるだろう。 
 
第2ヴァティカン公会議について言えば、
正直なところ、そこで一体何が起きたのか、
今だもって理解できないままにいる。

我々の改革の試みが効力を発揮するはずのその瞬間に、
何か目に見えない悪魔のようなものが入り込み、
我々の計画の全てを台無しにしたかのようだった。

全く、本当に不可解で、
なんとも腹立たしい出来事だった。 
 
しかし幸いにも、この時以来、
我々は巧妙な方法を心得たのだ。

あらゆる種類の、
なんとも痛快な改革を我々は立ち上げてきた。

「公会議の精神」の名のもとに、
我々の意志を行うということだ。 
 
この「公会議の精神」という表現は、
それ以来、私の切り札になった。

これは私にとって、
トランプ遊びとなんら変わるところがない。

しかし、私が釘と金槌をもって臨めるのは、
第3ヴァティカン公会議しかない。

これは、神を十字架に釘づけにするためではない。
神を棺桶に打ち込むためのものなのだ。



その後。。。

彼、AA1025は、
1960年代に、フランスで交通事故に遭い、
急遽運ばれた病院内で、息を引き取った。

こうして、
いずれ処分される予定であったこの極秘手記は、
100枚近くの紙にタイプ打ちされた、
ほとんど自叙伝に近い、この日記は、
明るみにされる事態となった。

この手記には、
第3ヴァティカン公会議に関する文書は、
一切含まれていなかった。

小さな手帳には、ロシア語のメモが幾つかあった。
そこには、キリスト教とマルクス主義を結合させる企てや、
どの宗教であれ、全てを共通の指標〜魔術〜に低めさせ、
マルクス主義のコントロールする現実的力が、
その潜在的力になる、という主張が記載されていた。

なお、彼の文書の返還は、
誰も求めてはこなかった。



 これを読むよう、全てのカトリック信徒に求めるのが、 
 私の務めだと確信しています。 
 教皇パウロ6世が、教会の自壊、つまり内部からの崩壊に対して、 
 カトリック信徒に警戒を呼びかけた真意を理解しようとすれば、 
 至極当然なことです。  
 。。。イラ・ブラサ大司教(カナダのケベック州テルブルック)

 
 手遅れになる前に、 
 これを知らしめなければなりません。 
 。。。ジョセフ・デアンジョー神父(カナダのケベック州ドフェーのイエズス会士)




汚れなくやどられた聖マリア、 
あなたによりすがる私たちのためにお祈りください。 
また、あなたによりすがらない人々、 
特に、教会に敵対する人々、 
そして、私たちがあなたに依頼する全ての人々のためにお祈りください。 


内部工作員(Anti-Apostle)の回顧録

Nihil enim est opertum, quod non revelabitur,
et occultum, quod non scietur. (Mt 10, 26)

覆われているもので、明るみにされないものはなく、
隠されているもので、知られないものはない。(マテオ10,26)

The Anti-Apostle number 1025

1025番目の反使徒。。
この人物は、
1917年頃、ロシア人の両親から生まれ、
彼が路頭に迷っている3歳の時、
ポーランドの医師と、その妻の養子とされました。
敬虔なカトリック信者であった夫妻は、
子に恵まれず、彼を自分たちの子として愛情を注ぎました。
また、彼も、自分が夫妻の子であると考えていました。
しかし、彼が14歳の時、
自分が実の子でないことを知り、衝撃を受け、
彼の産みの親に対する激しい憎悪にかられ、
家を飛び出し、友人のもとに行きました。
このことは、彼の人生を大きく変えてゆきました。
神への憎悪は、無神論を広める団体に、
彼の心を開かせました。
その友人は、
彼にロシアの秘密警察の高官を紹介し、
彼は6年にわたる訓練を経て、秘密諜報員となりました。
彼は、彼に指示されたミッションに向けて動き始めました。

Marie Caree

16.「公会議の精神」の名のもとにおける変革 

 

翌日、私はアメリカへの渡航に備えていた。
この国で、最も重要なプロテスタントの教派を訪れ、
彼らを管理する方法を探り出すことになっていた。

その時までは、プロテスタント世界に深く根を下ろしている
大事な信仰の要素を、無視せざるを得なかった。
しかし、ローマでの研究を続行する前に、
この問題の側面を熟知しておくことが、どうしても必要だった。 
 
出発直前になり、
学生がニュースをもって駆け寄ってきた。

この知らせに、私は苦しみのどん底に突き落とされた。
「漆黒の髪」がカルメル修道女会に入ってしまったのだ。
しかも、私のためにである。。

彼女は、もはや私のために、
どんな小さな恋人の歓びをも持つことはない。

私はむしろ彼女が死んでくれたらいいのにとさえ思った。 
いずれにせよ、私は、全世界の修道会、
特に観想修道会に、門戸を開放させるのだと自分に誓った。

私は鉄格子に反対する
かなり力強いキャンペーンを張り、
頭の弱い修道女たちを通して、
教皇にも嘆願書を送り付けさせた。 
 
鉄格子はもともと、親に無理強いされて、
修道会に叩き込まれた娘たちが、
逃亡しないように、との配慮から設置されたものだ。

私はそれを修道女たちに思い出させてやった。
逃亡や手紙の交換を防ぐためのものだったので、
格子は二重にされた上、木戸によってさらに強化されたのだ。 
 
私は、この聖なる牢獄の記憶を全て取り払うために、
できる限りのことをした。
とりわけ、これら聖別された処女たちの
名誉の気持ちを刺激した。
誰にでも開かれている家の中で
自由に修道生活をするという願いを刺激するためだ。 
 
後に、還俗するよう彼女たちを説き伏せることによって、
さらに大きな前進を見た。

「世界は彼女たちを必要としている」
「特別な服装によって自分たちの正体をさらさなければ、
もっと善いことができるはずだ」
私はこのように彼女たちを説き伏せた。 
 
この問題については、
羨ましいほど豊富な語彙を使って
本を全巻書くだけの頭をもつ著者たちがいた。

私も、修道女たちの頭を剃る習慣に猛反対して戦った。
私は彼女たちが、
病院で手術を受ける時に恥をかくと訴えた。
こんな昔の慣習のために、
若い召し出しが愚かしくも失われているのだ、と主張した。 
 
また、夏に大きな重荷になり、
冬に寒さを効果的にしのげない
古くさい修道服をも攻撃した。

私は全ての規律と教会法を、
男によって慎重に改正するのが望ましいと提起した。

男が寛容を示せば、
女は大胆になり出す傾向がある。 
 
しかし、自分の仕事の大きな拡大を見つめた時、
私は全体から見れば、ごく小さなものではあったが、
静かなる抵抗に躓いた。。

穏健で、かなり秘密めいたカルメル修道会から、
返事が1通も来なかったのだ。 
 
一方には世俗があり、
他方にこの牢獄がある。

私は世俗に対しては指令者だったが、
後者においては囚人だった。
しかしながら、私の仕事は、
こんなことに影響を受けたりはしなかった。 
 
とはいえ、
「漆黒の髪」の犠牲の無意味さを思った時には、
怒りが爆発しそうになった。

おぉ、何という空しい犠牲だろう! 


つづく。。
http://media.imeem.com/m/h3lfF3byQU/

汚れなくやどられた聖マリア、 
あなたによりすがる私たちのためにお祈りください。 
また、あなたによりすがらない人々、 
特に、教会に敵対する人々、 
そして、私たちがあなたに依頼する全ての人々のためにお祈りください。 


内部工作員(Anti-Apostle)の回顧録

Nihil enim est opertum, quod non revelabitur,
et occultum, quod non scietur. (Mt 10, 26)

覆われているもので、明るみにされないものはなく、
隠されているもので、知られないものはない。(マテオ10,26)

The Anti-Apostle number 1025

1025番目の反使徒。。
この人物は、
1917年頃、ロシア人の両親から生まれ、
彼が路頭に迷っている3歳の時、
ポーランドの医師と、その妻の養子とされました。
敬虔なカトリック信者であった夫妻は、
子に恵まれず、彼を自分たちの子として愛情を注ぎました。
また、彼も、自分が夫妻の子であると考えていました。
しかし、彼が14歳の時、
自分が実の子でないことを知り、衝撃を受け、
彼の産みの親に対する激しい憎悪にかられ、
家を飛び出し、友人のもとに行きました。
このことは、彼の人生を大きく変えてゆきました。
神への憎悪は、無神論を広める団体に、
彼の心を開かせました。
その友人は、
彼にロシアの秘密警察の高官を紹介し、
彼は6年にわたる訓練を経て、秘密諜報員となりました。
彼は、彼に指示されたミッションに向けて動き始めました。

Marie Caree

16.「公会議の精神」の名のもとにおける変革 

 

こうして、私は、最後の儀式に、
私を永遠に司祭に定める儀式に準備するために、
黙想週間を開始した。

私は永遠など信じてはいなかったので、
この考えに悩まされはしなかった。

それは歯医者で治療を受けるのと同じで、
通らなければならない悪い瞬間なのだ。 
 
大事なのは信仰をもつということだ。
そして、私の信仰は彼らのそれにふさわしかった。
これはどういう意味か。。
私の信仰は、彼らのそれに優っていたということだ。
それは恐怖心に満ちた子供じみた信仰ではない。

ジャーナリストたちが言うように、
大いなる日がついに到来した。 
 
聖堂に入った時、
私は完全に「謙遜な人間」になり切っていた。
隠れたプライドと、より高い目標に支えられていれば、
善徳を装うなど、いとも簡単なことだ。 
 
私は頭を垂れて、
厳粛さの中で静かに進んだ。 
 
その時、突然、
押し殺したような叫び声と悲鳴、動揺が、
左の方から聞こえてきた。。

普通はここで目を上げてはならない。
しかし、私は良心に背いて
〜彼らが私のために作り上げたそれに背いて〜
ふと、目を上げた。 

気絶した娘を抱え上げる
若者たちの姿がそこにあった。

彼女のヴェールは床に落ち、
その長い漆黒の髪は、
バラバラに乱れて、
聖堂の床に引きずられていた。。

この光景から視線をそらして
私が周囲を見回すと、
かつての私書箱役の教授!
彼が、私を睨みつけているのに気が付いた。
 
ヤツは一体ここで何をしているのか?
まさか、この男が「漆黒の髪」を聖堂に入れたのか?

視線を交した瞬間、
この男の顔に、狂気じみた勝利の表情を見て取った。 
 
誰がこんなふざけたことをしたにせよ、
私は必ず真相を突き止め、
たっぷり落とし前をつけてやる、と自分に約束した。

そんなこんなで、
その日はひどい悲しみのうちに過ごした。 
 
誰からどんな疑いをもたれようとも、
私は気にしなかった。
これ以上敬虔を装うことも、
自分の将来の聖性を預言する、甘い声を聞きたいとも思わなかった。 
 
幸いなことに、あの学生が私に挨拶しに来た。
彼は私の唯一の友人だ。

私は起こったことを手短かに話して、
早速、彼に調査を依頼した。

私は真相を突き止め、
張本人を殺してやりたかった。。

私はあの時、声を大にして叫びたかった。
自分を守り、彼女を守るため、
特に彼女を守るために。。

しかし、
もはや後の祭だった。
遅過ぎたのだ。 
 
自分から全てを彼女に話す勇気さえあったなら、
彼女は黙って苦しみを甘受し、
私を密かに愛することを受け入れていたかもしれない。。  
 

つづく。。
http://media.imeem.com/m/h3lfF3byQU/

汚れなくやどられた聖マリア、 
あなたによりすがる私たちのためにお祈りください。 
また、あなたによりすがらない人々、 
特に、教会に敵対する人々、 
そして、私たちがあなたに依頼する全ての人々のためにお祈りください。 


内部工作員(Anti-Apostle)の回顧録

Nihil enim est opertum, quod non revelabitur,
et occultum, quod non scietur. (Mt 10, 26)

覆われているもので、明るみにされないものはなく、
隠されているもので、知られないものはない。(マテオ10,26)

The Anti-Apostle number 1025

1025番目の反使徒。。
この人物は、
1917年頃、ロシア人の両親から生まれ、
彼が路頭に迷っている3歳の時、
ポーランドの医師と、その妻の養子とされました。
敬虔なカトリック信者であった夫妻は、
子に恵まれず、彼を自分たちの子として愛情を注ぎました。
また、彼も、自分が夫妻の子であると考えていました。
しかし、彼が14歳の時、
自分が実の子でないことを知り、衝撃を受け、
彼の産みの親に対する激しい憎悪にかられ、
家を飛び出し、友人のもとに行きました。
このことは、彼の人生を大きく変えてゆきました。
神への憎悪は、無神論を広める団体に、
彼の心を開かせました。
その友人は、
彼にロシアの秘密警察の高官を紹介し、
彼は6年にわたる訓練を経て、秘密諜報員となりました。
彼は、彼に指示されたミッションに向けて動き始めました。

Marie Caree

16.「公会議の精神」の名のもとにおける変革 

 

太陽の眩しいある土曜日、
「漆黒の髪」が待つアトリエに私は走った。

漆黒の髪が待っている。。
この気持ちが分かる者がいようか。 
 
「漆黒の髪」は、
完全に私のものになっていた。
誰もそれを見られないよう、
彼女の髪を切ってやりたいと思ったほどだ。
髪を切ってやりたい! 
何という犯罪的な思いを、私は抱いているのだろう。 
 
1つ要求があると私に告げた時にも、
彼女は全く優しく、愛情に溢れていた。
私は身震いを起こしたほどだ。 
 
しかし、彼女が求めたのは、
彼女が「綺麗」と言う、私の両手を描くことだけだった。
可愛い考えだが、女というのは全く理解し難い生物だ。 
 
私はその日の午後に、
我慢しながらポーズをとっていた。

天使なら〜そのようなものがいたとするならば〜
さぞ私を羨んだことだろう。
私のこの手を。。 
 
スケッチは床の上で次々と手早く描かれた。
私は陶酔の境地に浸っていた。
それは完全な幸福と呼ぶべきものだ、
そう私は思った。。
少なくとも、今までの人生で、
あれほどの幸せを感じた瞬間はない。
 
誰も信じてはくれないだろうが、
この瞬間の私たちの結合は、
つまらぬ肉体の結合に
これほどの幸せがつくりだせるだろうか?と思うほど、
それほどに強く、また完全なものだった。

まるで時間が止まったような気分だった。 
 
スケッチが終わると、私の可愛い敵は、
「この手はきっと素晴らしいことをするでしょう」と言った。
私は正直、戸惑った。
自分の両手は、本当は、死と殺人の臭いを放っているからだ。 
 
その日、彼女は、
私が彼女の髪の毛をもてあそぶことを許してくれた。

私は色々な髪結いを試した。
髪をといては、丸め、
それからもう2度と見られないかのように、
つらい犠牲のためにそれを用意しているかのように、
丁寧に、また丁寧に、髪にブラシをかけた。 
 
この日、なぜこれほどまで奇妙な感覚を覚えたのだろう?
本当に不思議な日だった。
どこからこんな奇妙な感覚が来たのか、
今でも全く分からない。 
 
それから私たちは、
悲劇的な辛さの中で別れをした。

「次の土曜日に会いましょう」
「次の土曜日に」。。
ふたりは同時にそう言った。

まるで、この希望が、
預言書に書かれているかのように、
あたかも、別れの唯一の理由がそこにあるかのように、
全ての壁を早く乗り越えたいと思っているかのように。。

あぁ、壁を乗り越えるのだ!!!  
 
。。ところが、私は、
土曜日に黙想会を開始することをすっかり忘れ去っていた。
2、3日中に修道会入りすることになっていた。 
 
それで、私は短い手紙を「漆黒の髪」に書き、
上手な嘘を作り出さなければならなかった。

「ローマにもうすぐ行くから、
  一緒についてきて欲しい」
このように率直に書き加えたかった。

しかし、この6年間、神学校で耐え忍んだより、
もっと悪い隷属に自分が入ろうとしている。。

私の中の何もかもが、そう訴えているというのに、
率直な言い方などできるはずもない。 
 
あぁ、私は、ローマで、
永遠の都の歯車に捕らえられるのだ。

自分は捕らえられても、機械を壊す砂利に、
修復不可能なまでにそれを破壊するに違いない砂利になるのだ。。
このように言い聞かせて、自分を慰めた。


つづく。。
http://media.imeem.com/m/h3lfF3byQU/

汚れなくやどられた聖マリア、 
あなたによりすがる私たちのためにお祈りください。 
また、あなたによりすがらない人々、 
特に、教会に敵対する人々、 
そして、私たちがあなたに依頼する全ての人々のためにお祈りください。 


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