1.「堕天使」である悪魔のなす事柄は、主に誘惑者として、この地上において、人間を自分の棲家である地獄に落とし入れるためにどのように人間に接すればよいかを、その知性をもって追求し、偽りをもっていかに巧妙に欺くことができるかを研究し、それを人間で試し、成功すればそれを誇るのです。 2. 彼らは、愛のあるところには憎しみを、希望のあるところには絶望を、謙遜のあるところには傲慢を、一致のあるところには分裂を、平和のあるところには破壊をもたらすことができるように、人間を悪と罪へ教唆します。 悪魔による悪への教唆は、人祖アダムとイヴの時から、現代に至るまで展開されています。 彼らは自らの姿を示せば、人間が自分の意のままになりにくいことを知っているので、自分は悪をもたらさないと見せかけて「光の天使」あるいは「善天使」を装いますが、その結ぶ実りから、その正体が明らかになります。 3. 人間に死をもたらした悪魔は、さらに、人間を永遠の死へと向かわせようとしていますが、それは、霊的存在者である悪魔の原初の決定に基づく、徹底的な悪の実現にほかなりません。 そして、永遠の苦しみの炎で包まれた地獄の深淵においては、各々の人間の罪業に応じて、刑罰を加える正義の獄吏として、人間を苦しめることが、彼らの最高の報酬なのです。 |
天使について
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1.人間が理性と自由意思をもって、善を選択したり、悪を選択したりするように、霊である天使も、知性と自由意思をもって、善あるいは悪を選択します。 人間の場合、物質的な肉体を備えているので、1度は死を経験しますが、霊魂は存在し続けます。天使の場合、純粋な霊であるので、その存在を継続し続けます。 2.ここで、自由意思をもって、善悪の選択をした場合、人間においてはその生涯において、善に傾いたり、悪に傾いたりして、その決定には死を迎えるまでには浮動性があります。 ところが、天使においては、不死の霊的存在者なので、一旦善なり、悪なりを自由に選択決定すると、その存在の「状態」を不死のままに固定し、全力でそれに向かい続けます。 つまり、天使の場合、善天使と悪天使に、完全に分かれ、その永遠に向かう決定は他の何者も撤回しえないのです。 「死後の人間に、悔い改めの余地がないように、堕罪後の天使にも、悔い改めの余地はありません」 (ダマスコの聖ヨハネ司祭教会博士) |
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In principio creavit Deus caelum et terram. (Gen 1.1) 神は、初めに天と地を創造された。(創世記1.1) 1.この「天と地」は、時の始まりにおいて、存在を与えられた全被造物を意味しており、「天」は天国だけでなく、天上的被造物、霊的存在者である、「天使」の意味も含まれています。 一方、「地」は地球や宇宙だけでなく、地上的被造物、物質的存在の全てが含まれ、さらに、霊的世界と物質的世界の、いわば統合としての、霊魂と肉体からなる「人間」の意味も含まれています。 物質的ではない純粋な「霊」としての霊的存在者である天使は、知性と自由意志を備えています。 2.「天使」(Angelus)という語は、彼らの本性ではなく、役割・職務を示す名称です。 本性は霊、役割・職務は天使であり、不死の被造物です。 「彼らは自分を通じてある事柄を告知する時にのみ、天上的大使であり、小さな事柄を告知するものは天使(Angelus)と呼ばれ、最高の事柄を告知するものは大天使(Archangelus)と呼ばれます」 (大聖グレゴリウス1世教皇教会博士) 3.人が、母親の胎内で受精してその存在を与えられた時から、霊魂が肉体を完全に離れる死に到る時まで、天地の創造主である神が、各々に天使を付き添わせ、永遠の生命に向かうように導かせ、あたかも保護者・指導者のように、悪を避けさせ、善を励まし、天国の至福に入れるようにサポートする役割を担うのが、「守護の天使」です。 |






