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文化村ザ・ミユージアムのピエール・アレシンスキーの作品を見てきました。
 
私は名前を聞くのも作品を見るのも、初めてでしたが、実は彼の作品は、
 
出光美術館、いわき市立美術館、大原美術館、にも所蔵されています。
 
そして、1993年には、姫路市立美術館や埼玉県立美術館をピエール・ア
 
レンスキー展が巡回してます。
 
1989年の西武美術館、2007年には国立新美術館で 「 異邦人たちの
 
パリ 1900−2005ポンピドーセンター所蔵展 」もありました。
 
かねこ・あーとギャラリーでは1979年、1984年に個展を開催してます。
 
どこかで目にふれているかもしれませんが、残念ながら、記憶に残っていません。
 
仙僂鮖佞閥弔、前衛書家の森田子龍と交流してました。
 
1955年には、来日し 「日本の書 」という映画を制作しました。
 
アレシンスキーにとっての日本は、パリで出会った中国人画家のウォレス・ティン
 
が大きいです。
 
それは、かれの描きかたが紙を床に置いて、動く身体とともに、描いている
 
姿をみたからです。
 
そして、アンリ・ミショーが1931年に日本を旅行して書いた、 「アジアにおけるー
 
野蛮人 」を読んだことと 「 墨美 」の森田子龍との交流でした。
 
1995年に来日して京都で交流した、書道家の人たちとは、書かれる文字よりも
 
身体の動きに関心がいったようです。
 
アレシンスキーは日本に滞在中は、絵も描かず、執筆活動もしませんでした。
 
学びにきたのだそうです。
 
「 日本の書 」という映画だけ制作しました。
 
その映画の中で、書道の授業中、子供たちに先生が直接紙に書かないで、
 
パントマイムのように体だけで、筆順を教えています。
 
今回の展示の中で、来日前の1952年の作品から墨を使っています。
 
和紙と墨を使った作品は1965年の 「広げた新聞 」からです。
 
 
岡本太郎さんとも交流があり、太郎さんのお父さんの一平さんが、使って
 
いた硯をプレゼントされたそうです。
 
現在のお住まいのパリのブージヴァルのアトリエの庭に、仙僂痢、△、□
 
のモチーフを使った絵皿があります。
 
アレシンスキーさんは、 「□、○、△ 」ですが、仙僂鰐教にも詳しく、 
 
「 ○ △ □ 」は密教では、下から地大 水大、火大にあて、これを 「身 」
 
とみて 「 即身成仏 」を説いているのだそうです。
 
1956年、出光コレクション 「仙僉 廚粒こ暗犬魯▲瓮螢のオークランド市立
 
美術館が初めてだそうですが、関心が高まり、ヨーロッパ11カ国でも開催される
 
こになりました。
 
パリの仙囘犬任癲△海痢 屐△□」は注目を集めたそうです。
 
その時、アレシンスキーさんはご覧になったのですね。
 
 

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書は身体性の強い表現だと感じますが、ミショー、アレシンスキーも画面から描いている時の身体の動きを感じさせる表現のような気がしますが、いかがでしょうか?アレシンスキーはもしかしたらどこかで目にしているのかもしれませんが、文化村での個展広告で初めて知った名前です。

2016/11/27(日) 午後 0:31 [ artkazuko ]


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