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2017.12.10.2017.10.9.か
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10月9日、津輕三味線の佐藤道芳さんとコラボしました。
 
4mx3mの紙に描きました。
 
本題です。
 
先週、パナソニック汐留ミュージアムにいってきました。
 
わたしはルオーとカンディンスキーについては、あまり知りません。
 
ルオーの作品は出光美術館に常設展示されている絵を、行ったついでに
 
観る程度でした。
 
カンディンスキーは色彩のきれいな画家位の、知識しかありませんでした。
 
カンディンスキーはモスクワ大学の法学部卒業で、ルオーは、ステンドグラス
 
職人の元で修業しつつ、国立装飾美術学校の夜間に通学したことを知りました。
 
ルオーは30歳頃まで、アカデミックな技法で、描いていたそうです。
 
30歳から独自の表現法で描くように、なったそうです。
 
今回展示された作品の中で、1905年から1929年頃までの作品が、私は
 
好きです。
 
   縁日  1902から1909  筆の線のようなすばやいタッチで描かれて
                     います。
 
   水浴の女たち 1910    セザンヌの影響があるという。一枚の紙の
                     表、裏に描かれている。そして、表の絵と
                     裏の絵は違う。2003年上海のアート展に参加
                     した時、中国の作家から、一枚の紙に表、裏                       描いてました。
   アフリカの風景 1917
   ユビュのための習作 1920から1929  ユビューとはフランスがアフリカに
                     もっていた植民地の支配者の事らしい。ルオー
                     と言えばキリストと思っていた、私にとっては、
                     目からウロコの作品でした。
 
   田園風景   1910から1919 これも両面に描かれいる。素早いタッチ
                     で、今回の出品作品の中では、一番印象に
                     残りました。
 
カンディンスキーの作品も初期、1905年、商人たちの到着が印象に残りました。
 
パウレ・クレーの1903年の樹上の処女と、1905年の老いたる不死鳥は、
 
パウレ・クレーという名前がなければ、わかりませんでした。
 
こういう作品もあるのかと、私にとっては新鮮でした。
 
最後におしらせです。
 
2018年2月7日から19日 国立新美術館、NAU展に出品予定です。
昨年と同じ、4mの作品を出品いたします。
                                     
   
   
 

ボストン美術館

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ボストン美術館の至宝展をみてきました。
 
入り口にメッセージ。
 
 「教育活動とアウトリーチと呼ばれる館外での普及活動はボストン
 
美術館のはたすべき使命の中心をなすものであります。」
 
とありました。
 
ボストン美術館は公的な援助は受けなくて、作品は寄贈や寄付してくれた
 
コレクターの方々の慈善行為からなつているのだそうです。
 
ちなみに開館は1874年です。
 
 古代エジプト美術のコレクション。
 
エジプトにあったらエジプトの人々はもっと自由に見られたのになぁとおもいました。
 
以前、お会いした方でエジプトの何かを研究しているのですが、ドイツに
 
留学してました。
 
どうして?エジプトの資料はドイツに多くあるからとおっしゃっていました。
 
 アフガニスタンのバーミヤンで像が爆破されました。
 
貴重な祖先の遺産と思わない人たちが一瞬にして爆破してしまうことも
 
あります。そうなると二度と戻らないことを考えると、他国にあっても
 
いいのかしらと、ちらっとはおもいましたが。
 
出土した国の人が戻してほしいと言ったら、戻されるといいとおもいました。
 
 今回、初めての里帰りしたという、日本の英一蝶の涅槃図があります。
 
ボストン美術館にある日本美術は、19世紀に日本に来たアメリカ人の
 
コレクターの人たちによって海を渡っていきました。
 
その当時の日本の人達は、それらの絵が海を渡っても、
 
くやしがらなかったのではないでしょうか。
 
林家正蔵さんの中村仲蔵という落語があります。
 
その中で仲蔵が両国あたりの飲み屋に入ると、掛け軸があり客が
 
「一蝶ですね 」と聞く場面があります。
 
カタログによると、一蝶は絵師でありながら、俳諧もたしなみ、幇間でも
 
あったそうです。
 
そして10年以上も三宅島に流しにあったのだそうです。
 
1911年にボストン美術館に収蔵されて、はじめての里帰りです。
 
またこの絵をみたいと思ったらボストンまで行くしかないのです。
 
曽我蕭白の風仙図屏風も良かったです。
 
渦を巻く旋風を力強く筆で、大胆に描かれているのが、いいなぁとおもいました。
 
 洋画では、ゴッホの郵便配達人ジョゼフ・ルーランとルーラン夫人の絵が
 
よかったです。
 
過去2回、ボストン美術館のカタログがありました。
 
1991年、ボストン美術館秘蔵フェノロサ・コレクション屏風絵名品展。
 
館長のアラン・シェスタックさんは、
 
私達は日本人の優雅で繊細な美意識をきわめて優れた例証である、これらの
 
素晴らしい屏風絵を、日本の皆様に鑑賞していただくために、お貸しすることを
 
喜ばしく思っておりますと、書いておられました。
 
2回目は名古屋のボストン美術館にみにいきまました。
 
葛飾北斎の 「朱鍾馗図幟 」が印象に残っています。
 
お知らせです。
 
10月9日
 
新宿区の花伝舎で11時と13時30分
 
津輕三味線の佐藤道芳さんとコラボします。
 
一応4メートルの紙に描きます。
 
よろしくお願いいたします。
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文化村ザ・ミユージアムのピエール・アレシンスキーの作品を見てきました。
 
私は名前を聞くのも作品を見るのも、初めてでしたが、実は彼の作品は、
 
出光美術館、いわき市立美術館、大原美術館、にも所蔵されています。
 
そして、1993年には、姫路市立美術館や埼玉県立美術館をピエール・ア
 
レンスキー展が巡回してます。
 
1989年の西武美術館、2007年には国立新美術館で 「 異邦人たちの
 
パリ 1900−2005ポンピドーセンター所蔵展 」もありました。
 
かねこ・あーとギャラリーでは1979年、1984年に個展を開催してます。
 
どこかで目にふれているかもしれませんが、残念ながら、記憶に残っていません。
 
仙僂鮖佞閥弔、前衛書家の森田子龍と交流してました。
 
1955年には、来日し 「日本の書 」という映画を制作しました。
 
アレシンスキーにとっての日本は、パリで出会った中国人画家のウォレス・ティン
 
が大きいです。
 
それは、かれの描きかたが紙を床に置いて、動く身体とともに、描いている
 
姿をみたからです。
 
そして、アンリ・ミショーが1931年に日本を旅行して書いた、 「アジアにおけるー
 
野蛮人 」を読んだことと 「 墨美 」の森田子龍との交流でした。
 
1995年に来日して京都で交流した、書道家の人たちとは、書かれる文字よりも
 
身体の動きに関心がいったようです。
 
アレシンスキーは日本に滞在中は、絵も描かず、執筆活動もしませんでした。
 
学びにきたのだそうです。
 
「 日本の書 」という映画だけ制作しました。
 
その映画の中で、書道の授業中、子供たちに先生が直接紙に書かないで、
 
パントマイムのように体だけで、筆順を教えています。
 
今回の展示の中で、来日前の1952年の作品から墨を使っています。
 
和紙と墨を使った作品は1965年の 「広げた新聞 」からです。
 
 
岡本太郎さんとも交流があり、太郎さんのお父さんの一平さんが、使って
 
いた硯をプレゼントされたそうです。
 
現在のお住まいのパリのブージヴァルのアトリエの庭に、仙僂痢、△、□
 
のモチーフを使った絵皿があります。
 
アレシンスキーさんは、 「□、○、△ 」ですが、仙僂鰐教にも詳しく、 
 
「 ○ △ □ 」は密教では、下から地大 水大、火大にあて、これを 「身 」
 
とみて 「 即身成仏 」を説いているのだそうです。
 
1956年、出光コレクション 「仙僉 廚粒こ暗犬魯▲瓮螢のオークランド市立
 
美術館が初めてだそうですが、関心が高まり、ヨーロッパ11カ国でも開催される
 
こになりました。
 
パリの仙囘犬任癲△海痢 屐△□」は注目を集めたそうです。
 
その時、アレシンスキーさんはご覧になったのですね。
 
 
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東京都美術館の開館90周年記念展である。
 
國安孝昌、須田悦弘、田窪恭治、土屋仁応、船越桂さんの5人の作品が
 
展示されていました。
 
船越さん以外は撮影ができました。
 
田窪さんは2011年に東京都現代美術館の椿の展覧会を見に行き、その時
 
初めて田窪さんの作品を拝見し、強い印象を受け、四国の金比羅さんまで、
 
椿のレストランを見にいきました。
 
田窪さんは1980年代、廃材に金箔を貼った作品を発表していたのですね。
 
展示されていた金箔の作品群はよかったです。
 
船越さんの作品は実物をみるのは初めてかもしれません。
 
首の長い女性のおへそから下までの像です。
 
腕はありますが、手首から先の手の部分はないのです。
 
その手首から先の5本の指は、肩の上にのっていたりするのです。
 
それは何を意味しているのでしょうか。
 
國安さんの作品は木と木を結んで積み上げられていました。
 
その積み上げられた材木をいろいろな角度からみると、その姿は
 
きれいでした。
 
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 7月4日からの [倖子の墨の絵展」にご来廊くださいまして、ありがとうございました。
 
お礼が大変おそくなりまして申し訳ございませんでした。
 
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
 
 7月18日 松本美術館にいってきました。久しぶりに草間彌生さんの作品
 
をみてきました。
 
草間さんの作品は若い時の作品よりも、年を重ねてからの作品の方が好き
 
ですね。 私は。
 
6月28日から10月10日までの展示作品 「草間彌生、魂のおきどころ」は
 
全作品92点ですが、松本美術館所蔵の4点以外は全部作家蔵なんですね。
 
 8月3日 資生堂ギャラリーで石内都展をみました。
 
フリーダ・カーロの左右の高さの違う靴、コルセットなどの遺品を撮影してます。
 
いつだったか忘れてしまいましたが、日本でフリーダ・カーロ展がありました。
 
その時のフリーダ・カーロの作品はとてもなまなましく、その作品をみてとても
 
個性の強い女性と思いました。
 
石内さんの写真は強さだけではなく、強さの中の静けさと品格がありました。
 
 8月17日 国立近代美術館に 「奈良美智が選ぶMOMATコレクション」 
 
をみてきました。
 
12500点もの所蔵作品の中から約60点の作品を選んだのだそうですから
 
それは、大変な作業だったとおもいます。
 
奈良さんは武蔵美を2年で中退したのだそうですが、その2年間、麻生三郎さん
 
に教えていただけたのは幸運だったと書いていました。
 
 「 先生には絵は斜めから観ろ 」といわれ、それは絵画論として観るのではなく、
 
個人や社会や思想やいろいろな側面から観ろということだと、自分は受け取ったと
 
書いています。
 
また、先生は平和を愛するというより戦争をにくんでいましたと書いています。
 
 それででしょうか。
 
奈良さんは2016年4月24日 「明日を決めるのは私達」 の新聞広告に
 
「EVE  of   Destruction  」 あの目の大きな少女の絵が載っていました。
 

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