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練馬美術館

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練馬美術館の小林猶治郎展と富田有紀子展をみました。
 
私は二人の作品を見るのは初めてでした。
 
二人は祖父と孫の関係です。
 
 小林猶治郎展のタイトルは、  「 超然孤独の風流遊戯 」です。
 
超然って世俗的な物事にこだわらないのだから、それは素晴らしい生き方です。
 
私も、絵を描く上で理想としたいとおもいました。
 
 つい最近 「ゴッホとテオの交換手紙」をCDで聴きました。
 
ゴッホは 「 なんで印象派を理解しないのか、浮世絵は素晴らしいのに、なぜ画家たち
 
は日本に学びに行かないのか 」と弟テオに手紙を送り送金にお礼を述べている。
 
 
 私は小林猶治郎さんを知りませんが、性格も穏やかな人で、家族にも恵まれていた人
 
なんですね。ただ中央画壇からは距離を置いていたようです。
 
 
 
絵の描き方が村山槐多に似ているなぁとおもいました。タイトル不詳の「汽車」
 
1929年の「台頭」など。
 
初期の作品群が、私は好きですね。
 
村山槐多は1882年生まれ、小林猶治郎は1897年生まれです。
 
 体が弱く25歳までの余命と宣告されたが、93歳の長寿を全うしたそうです。
 
 「 こんな気持ちで腺病質の私は7ケ月半も曠野の寺に篭って画家になる心を
 
決めました。 そして、職業画家にはなるまいとおもいました。
 
私の制作は今の所、休日と休暇、平日は夜中ということになります。 」
 
 
 富田有紀子さん  展示方法がよかったです。
 
 絵もよかったです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

大黒屋と栃木美術館

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板室温泉にある大黒屋で、津軽三味線の佐藤通弘、通芳さん、
 
そして海寶幸子さんのお箏のコンサートがあり、行ってきました。
 
コンサートの時間が短かったのは残念でしたが、いいコンサートでした。
 
 大黒屋に行くのは12年ぶりでした。
 
アートと保養の宿がキャチフレーズです。
 
以前行って時は秋だったか、春だったか、冬だったか忘れてしまいましたが、
 
冬でなかったことは確かです。
 
 庭には雪が積もっていて、そして、工事中だったので、以前におとずれた時
 
とは、印象が違っていた。以前泊った部屋は工事中でした。
 
一人様の客室に変えているのだそうです。
 
 温泉旅館に一人で泊まれるのはうれしいですね。
 
 露天風呂でお会いした方は80歳。おひとりでいらっしゃっている。
 
大黒屋の倉庫美術館にご一緒したOさんは90歳でやはり一人でいらっしゃって
 
いる。背筋がピーンと伸びていて軽やかに歩きます。
 
 大黒屋の倉庫美術館には、管木志雄さんの作品が展示されています。
 
管さんは大黒屋の庭も造園しています。
 
 Oさんが、「 私の部屋の管さんの作品もとてもいいから見にいらっしゃいませんか
 
」 と誘ってくださったので見にいきました。
 
灰色のバックに、それはなんの木かわかりませんでしたが、ひし形の変形のような
 
形に作られたものがありました。
 
 
 次の日、せっかくここまで来たのだからと栃木美術館の 「アジアをつなぐー境界を
 
生きる女たち」 をみにいきました。
 
 私は最初に展示してあったジョン・ジョンヨプの 「種」 が一番印象に残りました。
 
小豆を描いている。赤く小さな小豆をひとつひとつ描き、その全体像は肝臓のよう
 
に私にはみえる。 生命あるものの一番たいせつなもの。生命の源である種を
 
小豆の一個一個でえがいている。
 
 私には印象に残る作品でした。
 
 
 

飛騨の円空展

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円空展をみる。
 
日曜美術館で円空展を見た時から、早く実物をみたいと思っていました。
 
実物はその期待をうらぎりませんでした。
 
 円空の仏像は名だたる寺で鎮座しているのではなく、人々の生活とともに存在してます。
 
テレビでも放映されましたが、円空が彫った仏像と一緒に川であそんだという、話をしていま
 
した。
 
 家でボタ餅を作った時など円空仏に、円空様も一つ食べなさいと言って口にくっけたもの
 
だから、ネズミにかじられたものもあるという。
 
 円空は、諸国を行脚し、貧困や干ばつで苦しむ農民のために祈り、ひたすら、庶民の心
 
の安寧を願い、その祈りを木端仏に託したのだと、千光寺住職大下大圓さんは書いてます。
 
  
  今回の円空展のカタログの写真がいいです。
 
 特に白黒のページがいいです。
 
 カタログの円空仏をじっと眺めていると、円空仏の言葉が聞こえてくるようです

はじまりは国芳

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                                                                 2012.9.後藤フローリスト
 
あけましておめでとうございます
 
今年もよろしくお願いいたします。
 
 昨年、12月22日、横浜美術館の はじまりは国芳を見てきました。
 
その日は横尾忠則のレクチャーがありました。
 
 「 僕はこう見るーヨコオ流絵の見方 」
 
何かを期待して行ったのですが、面白くありませんでした。
 
この日の横尾さんのいでたちが、赤のスニーカー、赤のジーパン、赤のトレーナー、
 
赤色の濃淡はありましたが、全身赤ずくめでした。
 
 似合っているとも、似合っていないとも思いませんでしたが、
 
なぜ赤ずくめなのかなぁとはおもいました。
 
 それにしても、すごいなぁと思ったのは朝日の書評欄に載っていた横尾さんの
 
昨年の活動です。海外での個展、企画展が8回、作品集、4冊、横尾忠則美術館
 
の開館。  すごいエネルギーですね。
 
 歌川国芳の 「宮本武蔵の鯨退治 」の絵の解説の時、鯨のうろこが、草間彌生
 
の水玉模様の様だと言って、草間彌生は水玉を描きすぎるといったのです。
 
自分も水玉の靴下をはいていたら、草間彌生ですかと言われた。これはコムデ・ギャルソン
 
ですと言ったが、草間彌生が水玉を描きすぎるので、描くに描けない様なことを言った。
 
 私は水玉とは言わないが、丸は描いている。
 
横尾さんも描いてもいいと思う。横尾さんの水玉を。
 
  横尾忠則と草間彌生とでは絵の描き方がまるで違うのだから。
 
横尾さんは計算して描く絵、草間彌生さんの絵は自分の描きたいものを素直に描いている
 
絵だとおもいます。特に最近の絵はそう思います。
 
 歌川国芳と言う人がどういう人か、私は知りませんでした。
 
信濃デッサン館ニュース  No 108に竹内美鈴さんが国芳について、次のように書いて
 
いました。
 
 天保の改革(1830〜43)では浮世絵の彩色や価格にもはげしい規制がかかり、
 
役者や遊女の一枚絵も禁じられたそうです。
 
その時国芳は土蔵の壁の落書きをそのまま写しただけで、けして役者絵ではないと言って
 
「 荷宝蔵壁のむだ書 」シリーズを発表したそうです。
 
 
 昨年、下手なブログをお読みいただきましてありがとうごさいました。
 
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
 
 

尊厳の芸術展

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 芸大美術館で開催されている尊厳の芸術展を見てきました。
 
 第2次世界大戦中、アメリカ合衆国に住んでいた日系人は、強制的に砂漠などに
 
建てられた強制収容所にいれられました。
 
 石川達三の小説でブラジル移民農民を書いた 「蒼氓」 を読んだ時、移民するのは
 
とても大変な事なのだとおもいました。
 
だいぶ昔に読んだので、内容はほとんど忘れてしまいましたが、そんなに大変な思い
 
をしてまでも、移民するのは日本での生活が大変だったからでしょう。
 
 荒れ地を開拓して農地にするところから始まるわけですから、それはそれは大変
 
なことだったでしょう。
 
 日本とアメリカが戦争を始めると、日系の人たちは、強制収容所に入れられてしまった
 
のです。砂漠の収容所で材料もない中で、材料を見つけることから始まります。
 
 でも、その作品は創意工夫され、心をこめて制作されています。
 
人間は材料がなくても、作りたい気持ちがあれば出来るんだとおもいました。
 
 そして、その作品を作ることが、自分の生きる力になっていったんですね。
 
 作品を作って賞をとるとか、有名になるとかではなく、自分の存在そのものだったの
 
でしょう。
 
 
 この展覧会は無料でした。
 
10月に訪れたオックスフォドの美術館は入場無料なので感激しました。
 
日本ではほぼ有料の中、無料で見られるなんてとても、うれしいですね。
 

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