倖子の墨の絵日記

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オックスフォード

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9月30日から10月9日まで、イギリス、オックスフォードに行ってきました。
 
オックスフォードは12世紀に出来た町だそうです。
 
新しい建築物が少なく、清潔で、緑が多く、私はとても好きになりました。
 
カレッジごとにミュージアムや植物園があります。
 
私はアシモリアン・ミュージアム ユニバースシティ・ミュージアム、 クリストチャーチ、
 
ボタニック・ガーデンなどを見学しました。
 
アシモリアン・ミュージアムは大学のミュージアムとしては、世界一のコレクションを
 
誇っているそうです。 でも、アジア、その中でも日本の展示はほんの少々でした。
 
 
 
ミュージアム・ショップで売っていました2013年のカレンダーがMeijiJapanと書いて
 
ありましたので買いました。 カレンダーの写真の作品は刺繡の作品でした。
 
 
この刺繡の作品は、京都にある清水三年坂美術館のものとあります。
 
この美術館を、私は知らなかったのですが、平成11年に村田理如氏が設立
 
されました。
 
村田氏は20年前、New Yorkのアンティクモールで日本の印籠を目にして、
 
その美しさに目が釘付けになり、それから日本の明治時代の工芸品の収集が始まった
 
そうです。
 
村田氏は明治の工芸品の素晴らしいものは、ほとんど日本にはなく、欧米にあると、
 
かいてます。
 
江戸の300年間は戦いがなく、文化が円熟していったのですね。
 
焼き物では、色絵磁器が出現し、染織では小袖などが流行。アシュモリアン・ミュージアムの
 
ガイドブックにも載っていた根付けなども素晴らしいものが作られていったそうです。
 
江戸から明治にかけてオランダを通してヨーロッパ諸国に輸出されていってようです。
 
そして、鎖国中ですが、幕末から明治期にかけて他のヨーロッパ諸国よりも、イギリスとの
 
関係は深かったようです。
 
1862年ロンドン万国博覧会では英国総領事のオールコックのはからいで日本のセクション
 
が登場しました。  織物、陶磁器、漆工品、金工品、が中心だったそうです。
 
この万博で、これらの日本の作品が多くのイギリス人の目にふれたのです。
 
第一回目(1851年)ロンドン万博には、日本は出品出来ませんでした。
 
1862年まで中国が東洋美術の代表とみられていたのです。 この万博以降
 
日本美術は代表の位置についたのだそうです。
 
 
 
墨と和紙を基本に絵を描いている私は、色華やかな作品よりも、白と黒の世界が
 
好きです。
 
Oxford Castleにあったイタリアンレストランに行った時、店内に白と黒の作品
 
が飾ってありました。バックは塗らずに余白の世界でした。
 
 
ちょっぴり嬉しくなりました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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奈良美智展

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 まず初めに、奈良さんとは関係のない、私の展示のお知らせです。
 
六本木の後藤花店のウィンドウ・デスプレィです。
 
 「 花 ツリー 」となずけました。
 
枯れた枝から葉っぱがでてきて花が咲きました。
 
すごい 生命力に感激です。
 
 5メートル  
 
 4・5メートル
 
 4・2メートルの作品3点と花をテーマにした  灯り4点です。
 
 9月25日までです。六本木交差点の近くです。
 
お近くにいらっしゃった時はご覧くださいませ。
 
 
  横浜美術館の奈良美智展 見てきました。
 
ほとんどの人は御承知のこととおもいますが、あの目もおでこも
 
大きい少女。
 
同じ様だけど同じでない少女達。やさしいカラフルは色彩で描かれた少女は
 
「 春少女 」という題がついていました。
 
 奈良さんの少女達はちくまのPR誌の表紙を飾っていたことがあります。
 
その時の表紙はとってあります。
 
 2001年出版のNARANOTEの99年9月2日付け日記に
 
とにかく僕は「職業」としてこの道を選んだわけでなく、「生き方」として
 
選んだとかいてます。
 
 それからどんどん人気はあがり 「急激な知名度アップは作品に対する
 
無理解や偏見などで本人を苦しめたそうです。」(8・20付き毎日)
 
 東日本震災以降壊れにくいものを作りたくなり、ブロンズで制作したそうです。
 
そのブロンズの作品には手のあとがついていて、それがなんとも言えず
 
人間の手で作られた暖かさが伝わってきます。

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草間彌生展

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大変遅くなりましたが、7月のOギャラリーには約400名の方々がお見えくださりました。
 
暑い中 、本当にありがとうございました。
 
 先日、私の好きな浅間温泉の菊乃湯にいってきました。
 
松本市美術館の前をタクシーで通ると草間彌生展をやっていました。
 
浦和で見ようと思っていたら終わってしまったので、とてもラッキー
 
でした。
 
  わたし大好き草間彌生の ( I like myself ) 松本貴子さんが
 
撮影日記の中で(2007年)  初めてお会いした11年前、決して広くない
 
アトリエで、大きなキャンバスを広げ黙々と網目を描いていた草間さんは
 
どこか険しい表情だったとかいています。その数年後に、大回顧展が、
 
アメリカ、日本、ヨーロッパを巡回すると 「こんな日がくるとは思わなかった
 
。」と話ししたそうです。
 
そして、その頃から草間さんの顔に少しずつ笑顔がもれる様になったそう
 
です。
 
 私がはじめて草間彌生展を見たのは草月会館でした。(1992年)
 
1957年にアメリカに渡り1973年に日本に帰ってきました。
 
1975年週間ポストには「帰ってきたハプニングの女王、20年ぶりの個展
 
で表現された草間彌生さんの強迫観念」
 
こんな見出しで記事が載りました。
 
それから、大分の年月が過ぎ、草間彌生さん自身も変わり、世間も変わった
 
のだとおもいます。
 
 今回の作品展で、私は草間さんの心情を書いた
 
永遠の永遠の永遠が心に残りました。
 
 
   永遠の永遠の永遠
 
 
 毎日、 私をおそってくる死の恐れを克服する時は
 
 私は命の限りの心をしずめて
 
 芸術へのあこがれをみいだすのだった
 
 人の世に生まれいでた時の感動が
 
 私の人生を新しい創造のあらしをもって再生するのだった
 
 地球の深々とした神秘のささやきが
 
 いつも自殺しようとしていた私のうらぶれた命への救済をもって
 
 私は死のあこがれと恐怖を追放して
 
 華やいだ命のかがやきにいつもめざめさせてくれたのだった
 
 わたしは生きてゆくことに
 
 生存のかがやきに
 
 深く打たれ、心打たれ
 
 人間の命は永遠に回帰するのだという事を実感するときの喜び
 
 私は死の憂鬱を乗り越えて
 
 世界最高の芸術をもって
 
 人間のすばらしさを求めていきたいと決意している毎日なのだ
 
 私は生きたい、心の限りも
 
 芸術にかがやいた火をつけて
 
 命の限り、無限の生と死のかがやきをもって
 
 200年も500年も生きながらえて
 
 平和と人間愛の行き着く所への不滅の志をもって
 
 命の限り、たたかっていきたい
 
 そして、地球の人々に告ぐ
 
 未来は原爆や戦争をやめて
 
 かがやいた命を
 
 永遠の永遠の永遠に
 
 私の精魂こめた芸術をぜひ見てほしい
 
 あなたたちと一緒に宇宙にむかって
 
 心から人間賛美をうたい上ゲよう
 
 
                                  草間彌生
         
 

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福田平八郎

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個展が近づいてくると、(7月2日から8日 Oギャラリー 銀座) なんとなく落ち着かなく
 
なります。
 
 ふと、空を眺めると なんと美しい雲の色なんでしょう。
 
思わずこころが躍ってしまいました。
 
刻一刻と変わっていく雲のすがた。
 
 自然の美の美しさに、みとれてしまいました。
 
あの柔らかい雲の中を歩いてみたい衝動にかられてしまいます。
 
 いつかはこの雲を描いてみたいと思っているのですが、私のちからでは、とても難しい
 
と思っています。
 
 
 昨日、山種美術館で福田平八郎の漣(さざなみ)を見てきました。
 
福田平八郎さんは絵でいきずまっていた時、つりの楽しさを知ったそうです。
 
そして、水面の美しさに魅かれ、波を描いてみたいと思ってかいたのが漣だそうです。
 
この漣は金箔の上に銀箔を貼りその上に群青で描いてます。
 
 福田平八郎さんが、尾形光琳の水について 「光琳の水は大胆に装飾されているが
 
、それは極限までいっているが、その装飾は人為的ではなくて、あくまでも自然の水
 
である」といってます。
 
 福田平八郎さんの漣も自然であるということなんですね。
 
 
 私にもあの雲を見つづけていたら、自然の雲が描ける時が来るでしょうか。

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ドブス・昌代さんのイサム・ノグチを読んでから、香川県牟礼にある
 
イサム・ノグチ庭園美術館に行きたいと思っていました。
 
 あれから、何年の月日がたったかわかりませんが、今回、そのチャンスがめぐってきました。
 
なにしろ開館日は週3日間で、それも、往復はがきで申し込んで行くしかありません。
 
その上、交通の便が悪いのです。
 
 
  30日にパリで30年以上活躍しているワサブローさんのライブが大阪であり、次の31日
 
はイサム・ノグチ庭園美術館の開館日でありました。
 
 ラッキーと思いました。
 
そして、ここもかねがね行きたいと思っていた、金比羅宮にある、円山応挙の障壁画と
 
田窪恭治の椿図をみる旅にでました。
 
 おまけに高松市美術館で村山知義の宇宙展をみました。
 
 
  とてもいい 旅 でした。
 
 
 ワサブローさんのうたは何回も聞いていますが、いつも聞きに来て良かったとおもいます。
 
好きなうたに出会いてうれしいです。
 
 
 イサム・ノグチ庭園美術館は不便な所にあります。
 
イサム・ノグチがこの地を選んだのは 「いい石」 があったからだそうです。
 
酒蔵を移築した土壁の大きな家は、中に入るとひんやりします。
 
 東京都現代美術館でみた作品 「エナジーヴォイド」 や「真夜中の太陽」などよりも、
 
野外に置かれた未完成の作品に心がうごかされました。
 
 磨かれていない何層かの石のはだが、とても美しく思いました。
 
展示館の庭も、彫刻庭園の庭も、丁寧に掃き清められています。
 
 
 金比羅宮にある、円山応挙の障壁画はとてもみごたえがありました。
 
三井家が資金援助したそうで金箔の上に描かれています。
 
私は 「遊虎図」 が良かったです。そして襖の状態で見られたのが良かったです。
 
この絵はフランスのギメ美術館でも展示されたそうですが、襖の状態で見たいと、フランスから
 
いらっしゃった方もいるそうです。
 
 ボストン美術館で、迫力のある、曽我蕭白の雲龍図をみましたが、これもかないませんが
 
襖の状態でみたいですね。
 
 田窪恭治さんの、椿図のある資生堂パーラーにはちょっとがっかりしてしまいました。
 
これも、東京都現代美術館の田窪恭治展でビデオを見たときに、是非、行ってみたいと
 
思っていました。
 
 白いタイルに群生で描かれた椿と森の緑とのコントラストにひかれたのですが、、入口に
 
 
置かれたメニューの書かれている黒板で、私のイメージしていたものは、くずれてしまいました。
 
 ケーキはおいしかったです。
 
 
   7月2日から8まで銀座Oギャラリーで倖子の墨の絵展  12:00から20:00
 
   テーマ  Ma
 
   震災の時、瓦礫の中で咲いていた さくら にひかれました。
 
   5メートルの作品を描きました。 その他軸装3点 パネル1点 6号日本画5点
 
    Oギャラリー URL http://www4.big.or.jp/~ogallery/
 
 
 

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