聖和

ほんとうの真理の背後には許しと愛と救いの心情があります

今日のみ言 (摂理について)

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昨日から始まったこの大会で主様がなんの摂理をされているのか理解しなければいけません。どの大会も、タイトルそのものがみ言だと語られていますし、また、反対から読む事も意味があると語られました。
カイン、アベルとは、善、悪の事です。円球とは、原理講論には四位基台を完成した存在はみな、円形、球形運動をする。と、あります。また、円球とは韓国語でウォンクーといい、反対から読めば、クーウォン(救援)という意味になります。「ピースカップはなにかというとピースカップを主張されるハナニム オモニを言います。絶対性を言います。(平和の主人、血統の主人)」また、ピースカップは女性の生殖器だと何度も訓読会で語られました。天宙は、天の家庭を意味し連合は一つの目的で動くという意味があります。
以上がタイトルの解釈を主様が直接された内容を紹介しました。
救援摂理はあくまでも、メシヤによってなされます。メシヤは神様の独り子として来られているからです。メシヤによって、摂理が完結される。これが原理です。これ以外は救援はありえないのでいまのメシヤが何を求め、願い、闘っているのかを求めていきましょう

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親なる神様の愛を本当に理解しなければなりません。私をどのような愛で見つめられているのかを知ることで、私の心の壁が一つ一つ崩れて平安を取り戻すことが出来、もっと為に生きたいという心情がわいて来るのです。神様、主様がなさることは、愛でないことがないのです。


神様が愛の為に体が必要で私が誕生したのです。本来私は神の宮なのです。私と愛を育み味わいながらこの地上の果ての宇宙まで私に主管させたい神様であり、その愛で霊界まで創造させたい親なる神様が、遠くではなくいつも共におられるのです。私と生活を共にしたい神様を迎える(なんでも神様にたずねて生活する)ことで、堕落性も脱げるのです。


真のお父様は私たちを堕落した人間として受け止めなかったというのです。粉々のダイヤモンドのようになんの価値も無くなった私たちを本来のダイヤモンドを受け取った喜び以上に喜んで受け取られたというのです。私たちは真の御父母様の子女ですからこの様に我々を愛されたお父様の愛を私が実践してこそ、お父様に似た子女になれるのです。


信仰生活は神様とサタンとの闘いなのです。メシヤはこのサタンを全て追い出し神様だけが主管できる地を取り戻す為に来られたのです。私たちはそのみ旨に参加した公的な立場であるので、私の事情は公的なものと考えなくてはいけません。そして、その中で常に感謝するということが、サタン分別の最も大きな手段になります。私によって神様が悲しまれるのでなく、私によって神様が喜ばなければならないと考える人は、単調な生活の中でもすべての環境を克服しても余りある、広く、高く、深い内容をもって生きることが出来るのです。

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