一歩下がる人生・・永遠の法理&宇宙の法則と人の運命

あなただけではありません。もう少しです。あと一息です。いま、一歩下がったことがきっと二歩前進に繋がります。

人生20年間の「不思議体験」

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20年間の不思議体験・・・羽黒山シリーズ(4)  前々世の名前は太田秀重


1990年11月1日

[質問] 私の過去世において、蜂子皇子、平氏、源氏のどなたかと関係がありましたか?


[答え] この方は前々世において、蜂子皇子の第四番目の位を持つ家臣でした。この方は前世、先祖藤原

    家に縁があり、藤原道長の家臣でした。


1990年11月19日

[質問] 私が蜂子皇子の家臣の時の姓名を教えて下さい。

[答え] 太田秀重

[質問] 藤原道長の家臣の時の姓名は?

[答え] 増田長信

[質問] その後転生したことはありますか?

[答え] ない



後日、羽黒山に御礼参りに行った時、出羽記念歴史館の受付の方に、「太田」と言う名字の方で、羽黒でご存知の方はおられますかとお聞きしたところ、7軒の方を知っておられました。私の子孫の皆さんでしょうか?

自動書記で羽黒山関連のやり取りのとき、突然、質問以外で下記のことが書かれました。少なくとも、お互いこの類の素養は持ち合わせていません。

          月山に

          遊ぶ羽黒の三烏も

          湯殿の里に

          安らかに暮らせ
                       
                      天照大御神

月山・羽黒山・湯殿山を羽黒三山と呼んでいます。三烏は蜂子皇子一行を案内したと言われる「ヤタカラス」のことでしょうか。

その時のメモに書いてありましたが、「羽黒大権現」は「観世音菩薩」のこと、との発言がありました。

この後、観世音菩薩と観音経(観世音菩薩・普門品 第二十五)とのご縁が現れました。

「写真は浅草の石屋さんで入手した大理石の観音様」

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摩訶不思議な能力者に出会う


お客様の接待でたまに使っていた料亭の芸姑さんから、神田に、どんな質問でも答えてくれる人がいると何回も聞いていたのですが、正直なところ信じられませんでした。ところが回答は「自動書記」ですと聞いた途端に興味もあって予約して貰いました。
...

その方は2年前まで原子力発電などに携わる工事会社の常務さんでしたが、進められて神田で相談事務所を開設されていました。日経新聞などに名前が出る方などが隠密にお邪魔していたそうです。



後でお聞きしたのですが、そんな能力がついた最初は、夜、寝ていたとき突然家中が大きく揺れて、ベッドから叩き落とされ、瞬時に指で何かを書くのを意識したそうです。家が揺れたのは同居のご家族も同じ感じ方だったそうですから、私のケース(後の霊夢で書く予定)よりはるかに大きな霊示だったと思います。



当日、約束の時間にお邪魔しました。予約はその芸妓さんの名前ですので、私は初対面であり、名前もそのとき書いたのがはじめてです。また事前の会話はありませんでした。



A−4の紙に名前と日付を入れ、質問事項を書いて下さい。一項目づつ書いたら、その下に4〜5行分余白を空けて下さい。と云われました。



添付のコピーは最初の一枚目です。左が私の質問で、丸で囲んだ箇所が自動書記です。半分、眼をつぶった状態で、うなずきながらゆっくりと鉛筆が動いていました。(メモの下段部分は後日に質問したものです。)



ここで又、何と「羽黒山」が書かれたのです。

これの書かれた日は羽黒山に行った日から2年3ヵ月後の1990年9月19日でした。

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羽黒山シリーズ・・2 羽黒山で新宿の霊視の3体が出現。


都内での法華経の勉強をやめたのは製造担当になって群馬に赴任したためでした。

1年後、新潟に工場 建設の話しが県と成約。土地3万坪中に300坪の神社の跡地があり、地主が15人おられ一部は外国にも。県側は止むを得ず、実測して、当面工場建設に使わない土地側に移転登記しました。

当時、設備増強中で、工場の人員不足を補うために、関越道に沿って募集すべく、まず山形の私立学校(創立者が知人であり、生徒は関東地区からの在校生も多かったので)まで募集に行きました。

序に羽黒山に案内されました。「社」は丁度修復中でしたが、おみくじ売り場はありましたので、七福神が一体ずつ入っているとのことで、縁起を担ぎ、そのおみくじを引きました。巫女さんがびっくりし、大声をあげました。7年ぶりの大当たりとかで、大きな金の大黒天(神道では大国主之命)を頂きました。隣を見るとカラス天狗(仏教ではカルラ王)の杯(お酒を置かないで飲み切る杯)が。

終わってホテルに着いたら、目の前に山頂まで赤い鳥居です。お稲荷さん。あれ!おかしい。半年前の霊視実験時の「絵」に描かれた3体が現れたのです。 

1988年6月2日の事でした。

書き込み文章で、新潟県との土地契約で300坪の神社地を移転登記したと書きましたが、その時点では資料なしでした。後で県庁から頂いた資料で、実はその神社跡地が添付図のようにからす天狗の横顔そっくりだったので、これもビックリ。羽黒山で買い求めたカラス天狗の杯との比較写真は如何でしょうか。

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人生20年間の「不思議体験」 ・・羽黒山シリーズ(1)新宿のある道場に通う羽目に


私の松下電工時代から転社した会社を卒業するまで、45歳から65歳までの現役時代に体験した実話です。自分が念じたこと、或いは淡い夢や目的は、夢でヒントや疑似体験を貰って、人生の経過時間とともに実現しました。諦めないことと人様からの協力は必然ですね。

羽黒山シリーズを5回に分けて書き込みますが、話しが長くなりますので各ページとも簡潔に書きます。

「その本」は、品川駅前に有ったパシフィックホテルのサウナマッサージ師の方から、何気ない会話からのスタートで頂きました。

仕事で悩んでいたときのことで、読んだ後、著者である、法華行者に行き着きました。結果、新宿の道場に週一回法華経の勉強に通う羽目に。大学の先生・公務員や精神的病の方々、毎回30人くらいが集まっていました。おおよその内容は、30分は法華経の合唱、1時間くらいは内容の解説、30分くらいは話し合いです。
...
一年通った後、勤務場所が変わって通えなくなるので、最後の日ということで餞別に霊視実験をしてくれました。

やる人は10年くらいお弟子になっている20歳代の女性イラストレーターさん。4人が視てもらうことに。蛇とか死体とか話しながら絵を描ていきます。

私の番がきました。本人は疲れたと言っていましたが、師匠の励ましでスタート。対座して座り、薄目を開けたら可愛い娘さんの眼光がすごいのです。行者さんはお経を唱えながら二人の周りを廻っています。

しばらくたって絵が完成しました。大黒天(大国主之命)・カルラ王(カラス天狗)・稲荷天の三体が綺麗にスケッチされていたのです。

行者さん曰く。あなたの今は、尺取虫の一歩下がった状態で、これから二歩進みますよと。更に、この3体の方に守護を受けているので、どんどん変わった体験をしますよと。

ここから私の不思議探訪が始まります。この霊視実験の日は1987年12月15日のことでした。

(添付した絵は、興味を持った他の美大学生さんが画き直してくれたものです。)

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