一歩下がる人生・・永遠の法理&宇宙の法則と人の運命

あなただけではありません。もう少しです。あと一息です。いま、一歩下がったことがきっと二歩前進に繋がります。

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皆さんはスピリチュアルと言う仲間で心の平和を確保されておられる方が殆どと思いますが、お友達に苦しんでおられる方がおられたら一つの手段・考え方としてご紹介下さい。
苦しむ理由は沢山ありますが、次の二項目を省くと大分救われます。一つは前途に起こるかもしれないという最も不吉な場合を想像して、あたかも現在起こっている事柄であるかのように心配しているかも知れないのです。確かに将来の病気や死ぬことなどを思うと心配がおこりますね。もう一つは過去に済んだことを思い悩んでいませんか。いかなる人でも過去の事実を取り消すことは出来ません。人間関係・金銭関係や権力関係で、過去にいくら力があったとしてもまた後悔しても、その時には戻れないのです。この二項目がかなわないからとて、煩悶するのは愚の愚といえます。
苦しむ理由が過去でなく、未来でもなく現在であるならば、それこそ本当の苦痛であってご同情に耐えません。お子様が亡くなった、自分が病床にある、そのほか限りない色々な苦痛が御座います。しかし、この苦痛は決してあなたの耐えられない程度まで進みません。現にあなたは過去の一切の苦痛に打ち勝ってきたではありませんか。現在の苦痛にも勿論いま耐えています。これからも大丈夫です。苦痛が増すかも知れませんが、耐えうる力も増していきます。万が一、耐えられないことがあった場合はその瞬間にあなたは霊体に移っています。従って、私たちは命の終わるまで、耐えられない苦痛は絶対に御座いません。

「ああ無情」のジャン・バルジャンをご存知だと思います。彼は家族の餓死を救おうと一個のパンを盗んみ刑務所5年の刑になりました。そして4回逃亡を企てので刑期が19年に延びました。この懲役が終って4日間歩いて、石の上に寝ようと横たわっていると親切な女がある家に行きなさいと教えてくれました。この4日間、どこの宿屋にも泊めてもらえず、牢屋に頼んでもダメ、犬小屋からも追い出されたのでした。紹介された家の僧正は牧師でしたので、ジャンは全てを隠さず告白しました。そして懲役人である私の名はといいかけた時、僧正は優しく手を握って言いました。「あなたは、あなたの名を私に言うには及びません。この戸はそれを入ってくる人に、名前があるかないかを尋ねません。尋ねるのは悲しみがあるかないかです。あなたは苦しんでいる。空腹である。・・・・その上、あなたが私に言わないうちから私が知っている名前を一つあなたが持っているのです。」その男は驚いて眼を開いた。「本当ですか、私が何と云う名かご存知でしたか。」「知っていましたよ。あなたの名は『私の兄弟』というのです。」
今は、己の欲に引かされるから人のことを思えない。思っても熱が足りないし、いいかげんな他人気が出る。親切もない交際をする。お互いがもっと隔たりを取らないと・・・。

誤解に正しい誤解というのもおかしいですが、本当の誤解は訂正の道もあり、必ずしも責め立てるわけにもまいりません。まれに意地の悪い誤解があります。それは心では理解しているのに表面は誤解した振りをして非難を浴びせる連中です。会社にもいますし、隣組にもいるかも知れません。こんな相手はいくら説明してもダメですね。自分のために(たくらみ)他人を故意に悪く理由をつけて罵倒する卑劣人間です。この場合は弁明も喧嘩もしないで、ただ捨ておきましょう。天道様が見ていて下さると思ってね。

ブッシュの道が「覇道」ならばガンジーの道は「王道」と呼ぶべきと思います。
南アフリカで弁護士として活動していたガンジーは、1906年9月に南アでのインド人に対する差別的条例を糾弾した上、暴力で対抗するのではなく、懲罰や迫害を恐れず不服従を貫くことを訴えました。
この思想は後に「サテイヤ・グラハ=真理に堅固なること」と名づけられ、対英独立運動の理念になりました。
ヒンズー教にも仏教にも非暴力の教えはありますが、それを政治的手段に変えた非凡さがすごいのです。
その後はパキスタン戦争や核兵器開発、テロ問題などあって、相手側の良心に左右されると疑問視されることもありましたが、現在でもガンジー思想に学ぶべき点は多いと見直されています。
ガンジーをモデルにした映画は私の脳裏にまだ焼きついています。現在のあらゆる部分で勝ち組とかと覇道主義が大手を振っていますが、最後は「良心と王道」の時が必ず来ると確信しています。

土手に咲くすみれ

植物という名前の由来は知りませんが、私には「物」だと思うにしのびません。私は私の「愛」を注ぎう
る範囲に土手や庭に咲く花や草など植物があることが本当に嬉しいのです。若い方は国木田独歩という名
をご存知ないかも知れませんが「みぎわのすみれ」と題した詩があります。
 暁やみの霧はれて 谷の清水のそこ清し
 水(み)ぎわにさけるつぼすみれ 影をさやかにうつしけり
しばしくむ手もたゆたいつ えみし少女(おとめ)やひとなりし
美しい朝、美しい花、美しい水、美しい少女、そうしてその間を流れる、美しい思い、「笑みし少女は人
なりし」詩人の目には天女に見えたのかも知れません。
例えば生け花教室で枝振りが気に入らないといって怒ったり、残りの花は見向きもしないで捨てるような
行為は、私から見れば流儀以前の問題に思います。一生懸命に生きて人間を美しい心にする植物にもっと
愛を感じる人間になりたいと思います。私が雑草も美しいというと家族は呆れているのですが・・・。


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