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知識とは人間の記憶装置に知を入れることです。その知の恵みを受けることが知恵なのです。この辺が微妙なところです。自分が学んだ学問を人に教える方を知識人、教わった学問に天性的に授かった恵みを受た人を知恵者と呼びます。だが知識も知恵もそこに実行が伴なわなければ、「こと」は進まないのです。実行は常に度胸が必要になるのです。 |
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すべての人間は生きていくうえで知恵が必要です。知恵と学問は似通っていますが多少差があります。学問とは、あなたの脳組織体の中に経験したこと、科学で証明されたこと、生活のための方法や言葉などあらゆることを教えこまれたこと、これが学問でございます。知恵というのは人間として本質的にひらめく働きです。人間が本能的的に体得した、学ばずして体得する。そういうものを知恵というのです。学問と知恵の相乗効果で人格が形成されます。 |
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知識は充分にあるのか?知識を利用し、知恵を使って自分は社会に如何様に生きるのか。その根源から自身でよく検討し意思決定を下して進む、この意思が本当のあなた・霊魂の役目です。肉体が考える訳ではありません。心が考える訳でもありません。霊魂であるあなた自身がコンピューターにどのような素材をインプットするか、潜在意識に何の種を蒔くのかを真剣に検討しなければいけないと考えます。 |
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如何に立派な御殿を建てようと何十億の豪邸に住もうと地球が滅びたときには全て泡と化してしまうのです。 |
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昔、知人から貰った写真。キリスト教での霊魂の重さの測り手として、また聖母の死の到来を告げるために使わされたという大天使・聖ミカエルと、仏教での凶暴な肉を食う鬼が仏教に帰依して善神となった羅刹天で、右向きの白獅子に乗り右向きの鳥姿で現れたものである、という。こじ付けかも知れないし、降臨したのかもしれない。そのように見えるから不思議だ。 |


