秘密儀軌

光の会の佐田サロンから移りました。
 十三巡目の三
 niftyココログからのつづき

 とにかくナポレオンの四十九日はまともなものにはならなくて、突発事故ばかりが巻き起こる異常なものであった。六月十七日、十八日と進んでいったが、実質三十日のままで日が過ぎていった。その間彼らは自己確立のために狂い回る状況が続いていて、とても四十九日行に出かけていく余裕はないのだった。
 それでも彼らは正常化しようとする努力を怠らず、懸命に生きようとするので、こちらとしても見捨てることもできず、お付き合いすることになっていったのであった。そして六月十九日はまともな形での四十九日行となっていった。三十六日目ではあったが、実質的には三十一日目ということになっていた。
 その日は冥王星に行ってもらったのであるが、それはまるで佐田の確認作業のようなもので、ナポレオンの四十九日と言えるのかどうか、こちらとしてもよくわからなくなっているのであった。太陽系の異次元情報、あるいは各界の情報というものは、まったくと言っていいほどいいかげんなもので、正確なものはほとんどないに等しいので、どうしてもこうした調査が必要になるのだった。
 
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 十二巡目の三
 niftyココログからのつづき

 ナポレオンは、ぶすのアメリアよりも華やかなバンパイアの女のほうがいい、などと贅沢なことを言っていたが、アメリアのことが気になるらしく、まともになろうとはしていた。しかし五十体までが限度で、それ以上には戻れないでウロウロしていた。この段階ではこちらの言うことを聞かなかったので、結局エリゼ宮から元のバスチーユの牢獄へと戻されることになった。以前佐田がそこから出したことになっていたからである。
 バスチーユでは鼠が襲ってくるということで、それを嫌がって正常化し始めたが、そこを出ても宇宙監獄に入るしか道はなく、またまた月の監獄に送られたのだった。そしてそこから佐田の流刑地へ、そして佐田の奴隷監獄へ、さらには佐田の奴隷領域へと上がっていって、佐田の公共私有地に戻ってきたのは六月十二日のことだった。
 そこからまた四十九日行に戻ることになっていったのではあるが、それにはまだ足りないものがあるということで、仕組みの公式行事である色地獄宇宙で、佐田に対する負債を払わなくてはならなかった。そして佐田王街宇宙という高級ダッチドールの世界に、アメリアと一緒に送られていったのだった。
 
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 十一巡目の三
 niftyココログからのつづき

 新世界の科学は地球物質科学を中心にして、星レベルの術界、天王星(幽冥界)、月(冥界、魔神界)ということになるようであるが、旧体制的にはバーチャル宇宙のものが、地球、木星、衛星(月を除く)、彗星へと降りていくようである。ナポレオンにはバンパイア科学など妖怪科学とか、バーチャル対応室などの魔的な科学に対する関連施設の見学が課題とされていたようで、それら全部を巡り終えて三時半に戻ってきた。
 剣を掲げていたこともあってか無事に帰ってきたが、そのあとが大変であった。アメリアとの関係がおかしくなっていて、その調整がうまくいかないということで、明くる日の六月八日(二十五日目)は大混乱が巻き起こったのだった。しつこくつきまとって騒ぐので、ナポレオンはアメリアとは一緒に行きたくないと言い出していた。危険が大きいから残るようにとさとしても、どうしても行くと言ってしがみつこうとするので、四十九日行はナポレオンのものであって、アメリアのものではないということで、やむなく彼女をシシリー島の親元へ帰すことにしたのだった。
 コルシカ島のナポレオンの親元へ行って挨拶するとか、四十九日後の結婚式の準備などもあるだろうということで、彼女はやむなく引き下がったのだった。
 
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 十巡目の三
 niftyココログからのつづき

 六月三日(二十日目)は仕組みの会の研究会であったため、佐田が一日中こちらの仕事に追われていたことと、夜になってからは別の関心事に時間のほとんどを奪われたため、ナポレオンの四十九日行がおろそかになってしまった。その日は術界の芸術領域へ行ったはずであったが、アメリアは興味を示していたが、ナポレオンはほとんど無関心であったこともあって、こちらはあちらの導師方にお任せして、自分の生活レベルのことに専念したのだった。
 それが悪かったのであろう、その夜は仕組み全体が混乱状態となり、そのあおりを受けてナポレオン組も支離滅裂になってしまったため、夜中に起こされて調整することになったのだった。その過程で富士山にある佐田の幽界の私有地に問題があると感じられたので、その場所を移すことにしたのだった。だいたい河口湖の浅間神社の背後にあるその拠点は、元々佐田には無断で作られたもので、事後承諾の形のまま、ほかの拠点が全部解消されたあとも、どうしても必要だからということで残されていたものだった。そこに何があるのかすらほとんど知らないものであったため、仕組みがここまで進んだ段階では不適格なものになっていると思われた。総合先導役の私有地というものが仕組みに必要であるのなら、改めて必要な場所にそれを確保しましょう、そういうことになって、改めて佐田の私有地を幽界に確保することになっていったのだった。
 そして、日本に十か所、世界に五十か所、太陽系に五百か所の佐田の私有地が、公共的なものとして確保されたのだった。それを佐田の公共私有地と呼ぶことにしている。自分のものではほとんどないからである。そして富士山のものは、佐田宇宙のはじめ宇宙が対応している、忍野の浅間神社の周辺の幽界に移されることになったのだった。

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 九巡目の三
 niftyココログ からのつづき

 ナポレオンの中に巣くっている魔物に対処するには、セット女のアメリアとの調整が不可欠だった。魔物がたけり狂ってナポレオンが皆の手に負えなくなるとき、アメリアに対応させると、中の魔物同士でのせめぎ合いが起こることになり、それが自分ではないことの自覚がお互いに出てくるらしく、その調整をすることで事が治まるからであった。
 そういうことがしょっちゅう繰り返されていたが、そうした経験が重なるほど二人の関係は深まっていって、ますます結婚話に花が咲いていくのだった。特に幸せな家庭生活など経験したことがなかったアメリアにそのことが激しくて、式に至るまでのいろいろとか、新居の問題とか、先の生活のこととか、家族や先祖、持参金とか式の費用など、普通の結婚式前同様のいろいろが話し合われるのだった。
 ただ問題は、ナポレオンの親族がコルシカ島にあることはあっても、彼がフランスを拠点にした偉大な革命家であり、その失敗のツケが多いため、常に周辺からの怨訴に追われていて、どうしてもこちらが保護観察役をやらされることと、アメリアの背後のマフィアの調整をしなければならないことだった。何せ彼らの遠祖はローマ帝国、法王庁にまでかかわりがあったからである。

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