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旧相馬村の沢田地区にあります神明宮。
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御祭神は天照大神。
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菅江真澄 (1754〜1829) の紀行 「つがろのおち」 にも、 いつの時代に祀られたものか分からないとあり、 その起源は不明。
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旧藩時代より当時、当地を小倉村と呼び、小倉の神明様と呼称されていました。 菅江真澄は『小倉とういところ(小倉の神明社)が見えた。洞穴のような岩屋がたいそう高い。咲沢川の岸辺や路のかたわらにある茂った林のなかの鳥居をいくつも越え、崖づたいにかけわたしてあるはしごをのぼると、欄干が高くめぐらされ、御社はささやかである。あおぎみる岩屋の、うつばりのようなところに、鈴、鰐口がかけられてあり、詣でる人がこれをひくときは天空にひびく思いがして、心も清らかになる。きょうは弘前からきた、お供をたくさん従えた人が詣でるというので、村長も迎えにでていた。のぼりついて御社の前に手向けをし、ところどころにあるほかの神の祠に幣を奉って帰った。』と記されています。石段が設置され、きちんと整備されている現在とは少々違う雰囲気ですね。下の写真はその当時の絵です。確かに林の中のヘアピンカーブが続く参道には多くの鳥居が描かれ、途中には四阿もあり、最後は崖にかけられた梯子を登っていくようです。
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明治維新の当時、 氏子数が少なくなり、 藤沢村の藤沢神社 (現野田神社) へ合祀されますが、 村民の敬神の念が篤く、 昭和20年大戦終了後に神社制度の改正の期を捉えて昭和22年4月17日宗教法人令に基き、 宗教法人神明宮として復活し、 現野田神社より御神体をお迎えして奉祀。
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神明宮のろうそく祭は、 旧小正月15日晩の行事として行われ、 沢田部落の各家庭では売っている最大級のろうそくを準備し、社殿のほら穴に灯し、 家内安全、 五穀の豊作などを祈願します。
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翌日のロウの垂れ具合で豊凶などを占う400年以上前から伝わるお祭りです。
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雪の奥山の岩屋堂に灯りがゆらめくさまは実に神秘的。
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さて、石段の途中に「落石注意」の看板がございます。
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しかしねぇ…
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注意と言われましても、あんなのが落石したら避けようがありませんし、即死でございます。
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正面の石段はかなり急勾配です。
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足場も悪いので危険です。
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迂回路は緩やかなのでそちらから上るのがいいかも知れません。
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近くで見ると恐ろしいほど大きい岩。
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    ろうそくまつりの時しか行ったことなかった!!
    雪無いと、こうなのねぇ。
    岩が、岩が、恐ろしい…(((((( ;゚Д゚)))))ガクガクブルブル

    [ 津軽ジェンヌ ]

    2012/1/22(日) 午後 11:28

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