ポケットにミステリを

実は前からアメブロがあります。しかし記事移転は難しそう。

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全199ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]

失踪当時の服装は

 しばらく探していたヒラリー・ウォー氏の代表作を本八幡で見つけてしまったものだから、ライブの間中重かった(ROUTE14ってロッカーがないよね?)。

 某女子大の寮からひとりの女子学生が忽然と姿を消した。成績もなかなかで級友との仲も良く、男子学生相手の浮わついた言動もなく、郷里の家族ともうまく行っていた様子の彼女が何故失踪しなければならなかったのか?  どうせ駆け落ちか、秘密裏の堕胎かなにかだろうとたかをくくっていた警察署長フォードは、必死の捜索にもかかわらず彼女の痕跡がどこにもないことに焦りはじめる。

 警察の捜査が実に堅実・・・というよりもの凄い物量作戦に思えて、逆にフィクションらしい。彼女の残した日記をくまなく読み登場する男の名を全てリストアップ、グループ分け(カテゴリのなかには“俳優などの有名人のグループ”まで!)して、直接に関わりを持っていそうな全ての相手にインタビューして彼女の実像を知ろうとしてみたり、学校の出口から続く家々全てにあたって出て行く彼女を目撃していないか聞きこんでみたり、彼女が当日の朝にほとりを歩いていた湖の水を抜いて干上げてみたり。正直、早い段階で怪しい人物には思い当ってしまうから小説の読み手としては「警察なにやってんの?」と思わされてしまうけれど、いざ彼女と犯人の接点を唯一の手掛かりと言うべき日記から浮かび上がらせてからは警察の地道な捜査に頭が下がる思い。かといってノンフィクションの迫力とも異なる(と言うか及ばない^^;)のが評価を微妙にする。ここは敢えて「エンタメ性を期待したら退屈」と言ってしまおう。

伯母殺人事件

 初訳は1960年だという古いミステリである。初読みリチャード・ハル氏。本八幡の古本店でついうっかり買ってしまった1冊。アイルズ『殺意』、クロフツ『クロイドン発12時30分』とともに倒叙推理小説の三大傑作の一つとされる作品と聞き以前から気になっていたヤツなのでしかたないのだけど、本屋に入って手ぶらで出て来られない性格は何とかしたい。

 ぼくは高圧的な伯母を殺害しようと決めた。しかし血を見るのは好きではない。直接行動に出ずに上手くやる方法はないか・・・?  

 手記を綴る「ぼく」の厚顔無恥な雰囲気と伯母さんの強面っぷりに「ぐふふ」という黒い笑いがこぼれてしまうが、本当は笑いごとではないギスギスした物語。いわゆる「信頼できない語り手」の類だから終盤の展開で「ほうらやっぱり」と思わせるのが作者の狙いなはずだが、むしろ「きっとこの伯母さんって実際イヤなやつなんだぜ」と思ってしまうのは自分の心の狭さゆえか、執拗に両者の対立を描写して雰囲気を盛り上げる作者の筆力の結晶か。「ぼく」の怠惰さへの痛烈な皮肉、暗示されている両親の悲劇とそれに関連する「悪い遺伝」の偏見、若者らしい奔放さへの抑圧etc.とどうしても「伯母」への不満が伝染してくるかのようだ。古典の例にもれず結末は予想の範囲なので、もうひとひねりしてやってくれよぅと同情しないでもない。

愛書家の死

 ジョン・ダニング氏のクリフシリーズ第5弾が登場。「古書蘊蓄に加えて競馬への愛も詰まった人気シリーズの異色作」のふれこみ。なんでもダニング自身厩務員をした経験があるそうで、競馬界を舞台にした作品も過去にある(『ジンジャー・ノースの影』)。

 アイダホで先週この世を去った馬主・調教師のガイガーは膨大な初版本コレクションを遺したのだが、遺産相続上問題があり、微妙な問題に関して“本の探偵”と見做されているわたしに声がかかった。コレクションはガイガーが亡き妻キャンディスから引き継いだもので、一部盗難に遭っている疑いがある。依頼主は本の行方と犯人を突き止めるほかに、キャンディスの死の謎も解き明かして欲しいのだと語った。

 ????? 

 なんだかこのお話、私にはよく理解できない。。。。

 一応前述のようなかたちでクリフの捜査が始まるのだけれど、“依頼人”の依頼はいまひとつ要領を得ないし、依頼しながら非協力的な態度でのぞむ理由などもよくわからない。土壇場まで謎めかして書かれている本の行方だけはどうみてもソコしかないだろと思えてしまうわりに、「ならば実際その人物が故人とどのような関係にあるのか?」が解らないから酷く唐突な印象に終わってしまう。

 クリフの古本店主としての生き方が深まって行くのかと思いきや、今回のお話はそちらの方面には多少軌道修正の予感もするし、恋人エリンとの関係においてもこのシリーズの苦手な点であるクリフのマッチョ性があんまりに健在過ぎて個人的には今後の展開に不安を感じる。たぶん今回の「事件部分」の根底にある故キャンディスの人生がどうも言葉足らずに思えるのも、この作品が徹底的に「男の物語」だからなのだろう。

もはや死は存在しない

 ルース・レンデルまつりは第何弾だっけ。ウェクスフォード警部シリーズ第6巻。

 ちゃんと順を追ったはずが、読みだして間もなく「???」という気持ちにさせられた。登場シーンでえらく不機嫌な様子のバーデン警部、なんと妻に先立たれてひとが変わってしまったというのだ。前作『罪人のおののき』では奥さん元気いっぱいだったじゃん! 伏線あった!? ないよね!?  出版社またぎで混乱したのかと年表(これがついているのは創元の版だけだから、角川版を読んでいるときだといちいち引っ張り出さなきゃいけない)を見ても順番はあっている。とにかくその事実を受け入れて先へ進んだ。

 夕刻にキングズマーカム署にかかってきた電話は、幼い息子が外遊びから帰らないことを心配する母親からのものだった。近所のひとびと総出で探しまわったがみつからない。ウェクスフォードとバーデンは8ヵ月前に少女が行方不明になった事件を思い出し、悲劇の予感にとらわれる。

 いや〜、驚いた。
 何が驚いたって、ミステリ的にどうとかではなく 「バーデンってここまで厭なヤツだったんか!!」 と自分の見る目のなさに驚いた。

 40そこそこで最愛の妻に癌で先立たれたことは気の毒だ。しかしそこでの反応が酷過ぎる。葬儀でやってきた義妹・グレースがふたりの子どもとともに残されたバーデンを見かねて滞在してくれるのをいいことに、家事も育児もグレースに任せっぱなし。看護師の職を休職しているグレースには彼女自身の生活もあるのにそんなことは意に介さず、家事は女だけの仕事と決めつけ労わるフリすらもしない。さらには妻の死で最も痛手なのは身体的な欲求不満だと自己分析し、グレースの存在が自分には何の恩恵にもなっていないと不満を持つのだから呆れる。 この作品で殺されるのがこいつであって欲しい と読者に願われるレギュラーキャラってどうよ。

 そんな下地から、この物語はバーデンと子どもの母親との関係をメインに進められる。テーマにしたかったことは、登場人物たちそれぞれの人格のなかの「男」と「父親」、「女」と「母親」のバランスの崩れと言って良さようだ。あるいは「幼児性」と「成熟度」のバランスの崩れでもあるかもしれない。最終的に事件を解決に導くウェクスフォード(今回なにしろバーデンは役立たず極まりないから協力関係もなんもあったものじゃないのだ)が完璧に大人でよき父親に描かれているあたりにレンデルのなかにある家庭像、社会像が明らかになっていて、シリーズ世界を理解するうえで重要な作品と見た。

開く トラックバック(1)

私が見たと蠅は言う

 同じ作家さんを続けて読むのは良くないなぁと思って、初めて読むエリザベス・フェラーズ氏にチャレンジ。BKOFでたまたま手に取って買ったので予備知識もなにもない。解説を見ると、第二次大戦ごろから活躍されてた英国女流で「ユーモラスかつトリッキー」な作風だそう。日本でこの作品が初訳されたのは1955年のことだったけれど、読んだのは2004年に早川文庫で出た改訂版。・・・・以上自分のための覚え書きでした。

 1942年、春。画家のケイはロンドン大空襲で廃墟になったかつての住まいを見に来た。三年前、ケイは夫と別居して困窮し、この通りにあったごみごみしたむさくるしいアパートに住んでいた。悪夢のような事件のあったあの場所はもうない。。。

 ユーモラスというよりはかなり陰鬱なサスペンスに思える。ヒロインを含め、アパートの住人たちはみなどこか追い詰められ、びくびく、苛々して暮らしている。冒頭に起きる殺人事件の被害者の人となりがほとんど話の筋に絡まず、したがって何のために何が起きているのか読みとれないことが読み手をも不安にさせる。事件を担当するコリー警部が名前のイメージのようにキリッと捜査活動をしてくれていても、どこか警察を頼ることをためらわせる荒みを感じる場所なのだ。殺人被害者はいつもそうかもしれないが、とりわけ殺され損とでもいうような役回りになっているあたりが最後まで陰鬱な所以かと思える。

全199ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事