ポケットにミステリを

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罪人のおののき

 ルース・レンデルまつりはまたウェクスフォード主任警部ものに戻る。そろそろ順番通りに行かなくなる見込みだが、これはちゃんと5巻目。

 マイフリート館の当主夫人・エリザベスは、若やいだ容姿と気さくな人柄で使用人たちに敬愛され、世間にも好意をもって遇されていた。しかしある晩、森へ散歩に出た彼女が無残に殴殺された状態で発見されたことがきっかけで、館のひとびとの真の姿がウェクスフォードたちの前に明らかにされていく。

 作風が呑み込めてきたこともあって真相に「うっわぁ意外!」と驚かされることはないけれど(もともとそういうタイプの作家さんでもないし)、そのぶん人間ドラマの機微をゆったり楽しむ構えが身についてきた。いくつか読んできて、いずれも夫婦のあいだの複雑な感情を絶妙にすくう着眼点が良いと思う。そう考えると、裏表紙のあらすじに「ウェクスフォードが見出だした ある衝撃的な事実とは・・・・?」とあるのを見て、そこウリなのかなぁ?と多少引っかかる。

 それぞれのキャラについても馴染みが出てきて、ウェクスフォードとバーデンが息の合った役割分担で聞き込みを続ける様子が好ましい。ふと思ったのだけど、警官チーム(+検死をするドクター)以外はあんまりレギュラーらしい扱いではないのだな。その辺セント・メアリ・ミードとは違うのは町の規模の差かしら。

 

絵に描いた悪魔

 ルース・レンデルまつり第2クールはノンシリーズ長編から。ノンシリーズものとしては最初に書かれ、後のノンシリーズものでは心理サスペンスが主流になっていくのに対し、この段階では本格犯人当ての色が濃いと説明されていたので興味を持った。ついでに申し添えると小泉喜美子氏が生前最後に翻訳したのがこの作品だそう。

 荘園と公園の町・リンチェスターは、いまでは住宅街だ。ハロウズ荘では若い女主人・タムシンの誕生パーティが催されたが、招かれた隣人たちは主人夫婦がそれぞれ近在に不倫の関係をもっていることを察知し、気まずい雰囲気になる。そのうえ主人・パトリックが庭で大発生したスズメバチに刺され、パーティーは混乱のうちにお開きとなった。翌朝パトリックがベッドで死んでいるのが発見される。

 翻訳が悪いとは言わないが、噂好きな金棒引きの主婦たちの喋りようにはほんとに品がなくて、悪意を込めすぎているのではと同情的になる。恋人たちの駆け引き場面には雰囲気たっぷりなのだけれど、日本語として意味不明に感じる部分が目立ったのは小泉氏の急逝により十分な検討ができなかったためと思うのは考えすぎだろうか。

 犯人あてとして程よい意外性も説得力もあるのだけれど、遺産相続だとか婚姻制度だとかの法的要件が現代日本の感覚とずれているものだからすとんと納得いく心地よさではなかったりする。そのあたりは翻訳ものを読むときの泣き所だよなぁ。

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この町の誰かが  ☆

 前から気になっていたけれど読んだことのなかったヒラリー・ウォー氏を初読み。なんだか急に平積みだったので。

 取り立てて派手でもない「普通のいい子」の女子高生・サリーがレイプされて惨殺されたことで、静かな町クロックフォードは騒然となる。当初は町をうろついていたよそ者の仕業と決めつけられていたが、その男には確固たるアリバイがあった。すなわち、犯人はこの町の誰かだということだ。

 ほぼ全編をインタビューで構成した手法について恩田陸氏が『ユージニア』と『Q&A』の頃に言及していたことで名前だけ知っていた作品。その両者ともオトシマエをつけかねて逃げたように思えて私は好きではないのだが、こういった構成はとても面白いと思っていた。正確には全編がインタビューなわけではなく、座談会記録の部分があったり独白めいた部分があったりもするのだけれど、その辺も含めて非常にテンポよく物語が展開されていて飽きる暇がない。伏線になる情報のちりばめ方も見事。

 解説を書かれているのは若竹七海氏。構成そのものにトリックがあるとも言うべきつくりは確かに若竹氏に受け継がれているから、まさに納得の人選である。

僕の殺人

 いまさらだけれど太田忠司氏のデビュー長編。

 僕は5歳以前の記憶がない。世間との交渉を断つように両親と住んでいた別荘で、父と母をいちどに失くした日からだ。世間では母が無理心中を図って自殺したことになっているが、不明な点が多い。そして15歳になった僕に、事件を追っているというフリーライター・小林が接触してきたことから事態がまた動き出した。

 「この事件の犠牲者であり、加害者であり、探偵であり、証人であり、またトリックでもあった。そして記録者になろうとしている」
 ひとり何役もを果たさせる作品は『シンデレラの罠』以来たくさんあるのだろうが、トリックとしての役割というのはなかなか斬新なのでは。それだけに、この役割に関しての書き込みがごく浅いのは残念な気がした。そのせいで主人公の記憶喪失が都合よく使われている印象になってしまったのではないかと思う。
 野村美月氏の人気シリーズ、セカンドシーズン最終巻(3巻目)。

 「冬柴さんとつきあうことにした」という心葉の言葉に驚愕する菜乃。幼馴染の自分ですら惚れ惚れする美少女に男のひとが恋してしまうのは不思議ではないけれど、何故?  どうやら瞳(=冬柴)の辛い過去にかかわりがあるらしい。

 あれ、このエピソードもう終わりなんだ?と少々拍子抜け。向う見ずな後輩を中心に据えた物語では、心葉を必要以上に落ち着いた人間として配さねばならず、悩んでナンボ(ごめん)の少年の魅力が引き出せなかったのかも。

 それにしても、ななせちゃんといい、今回の瞳ちゃんといい、彼の女の子への関わり方って結構酷い。救うほどにかかわるには恋人モドキにならんといかんのか。それでいて、遠子への純愛と日常にある生身の誘惑の折り合いを彼がどうつけるかといったギリギリの物語を子ども相手の商品でできるわけもなく、取り上げた「文学」と本編との乖離が巻を追うごとに広がるのは如何なものか。

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