ポケットにミステリを

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遠い悲鳴

 この時期、文章が頭に入ってこないのは私だけではないと聞いてちょっと安心。だってほんっとに蒸し暑いんですもん、しょうがないですよね。そういう時は最新の出版物になんとなく手が伸びない気分になりがちなわたくしは、また続けてブラウンに走っております。

 ノイローゼを患ったあとのリハビリのつもりで仕事を離れ転地を図ったウィ−ヴァは、友人の作家・アシュレーの提案に乗せられる格好で当初の目的地サンタフェへ向かうのをやめ、田舎町タオスからさらに山あいに入った家を借り、夏を過ごすことに決めた。そこは8年前に若い女が殺され、犯人と目される男が姿をくらました家だという。アシュレーから「実録小説のネタにするため事件を調べては」と提案されたウィ−ヴァは、調べだすうち次第にのめり込んでいく。
ネタばれにあたるかもしれません。さほどの支障にはならないと思いますが一応警告を。



























 目的地を変えさせたり、家の契約をおぜん立てしたり、気乗りがしないウィ−ヴァに調査をさせるため報酬をちらつかせたりと、アシュレーの怪しいことこの上ない。今までのブラウンものの印象だと、この手の男はたいてい最後に正体を明かすはずなのだ。そう信じて読んでいたらそれはすっかり見込み違い。しかも、別に作者の目論んだミスリーディングでもなんでもなかったらしい(だからこう明かしてもネタばれと責められるいわれはないのではないかと)。本格ミステリではなく心理サスペンスに分類できそうな作品なので、本書に臨む姿勢はもっと素直で良いのだと思われる。

 最後30ページほどのクライマックスがなんとなく駆け足な印象で、そこまでのじっくり追い込むような雰囲気と対照的。その緩急が技だと言われたらその通りなのだろうけれど、ちょっとペースに乗りにくかった。
 久々にフレドリック・ブラウン氏のノンシリーズミステリ。だいぶ残りが少なくなってしまって、勿体なさになかなかページをめくれない。

 賭け事狂いのレイは憤っていた。負けが込んでどうにもならなくなっているのに、妻のルースは自分の金を貸すことを断固拒絶しているのだ。なんとか資金をかき集めてポーカーにつぎ込めばそろそろ大当たりが出そうだというのに。借金をしようと目論んでも裏目にばかり出る今晩、追い詰められたレイは一発逆転の禁じ手を思いつく。

 たった一晩、6〜7時間余りの出来事をスピーディーに描くピカレスクロマン。レイの甘え切った性根がこれでもかというほど辛辣に見下した体で書かれている一方で、ルースの働く店のオーナー・ジョージが経済面に加え文武両道の理想の男に書かれている“格差”があまりにも顕著なのは小説としては戯画的なのだけれど、それが逆に現代の世相を言い当てているようで空恐ろしい。物語全体に不気味な影を落としている強姦殺人魔の姿も現実の事件を彷彿とさせ、とても50年も前(1959)に書かれたとは思えない現実味を持って迫ってくる。“オチ”の部分こそ現実には「ない」だろうと思うが、そこのぶっきらぼうさもブラウンらしいクールな味で満足。

粘膜兄弟

 遅ればせながら飴村行氏の注目シリーズ第3作。『〜人間』よりこっちかなと思ったので。

 『〜蜥蜴』と同じ「銃後生活→戦場→帰還後の生活」のスタイルながら、それなりに違う主題を扱っている工夫をまず褒めたい。今回の作品で言えば「地獄をみた人間の変容」と言って良かろうか。双生児としてほぼ似通った半生を生きてきた兄弟が、どこかを分岐点に少しずつ軌道を違えてしまったことで生じる悲劇を描いている。戦場の描写は前作よりあっさりして、現地の状況より軍隊内の戒律を語ることに重点を置いているし、現地の特殊な状況(爬虫人に関する解説)も読み手が知っていることを前提としているかのようだ。

 「変容の方向性の違い」に始まって、ゆず子が磨太吉に惹かれた理由とか、矢太吉を襲う黒い影の正体とか、総てのことが信仰心で説明づけられてしまうのには若干の反発を感じる。もしかしたら吉太郎信仰と前作で登場する爬虫人の世界での不思議体験とのリンクなどが今後語られていくのだろうか。いずれにしても、宗教にスポットが当たると俄然興味の薄れる私としては先行きの不安材料でもある。

 今回の作品でいちばん賞賛したくなったのはヘモやんの叫び。「最高 最高」なんて肯定してくれる配偶者なんて得難いじゃない?

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兄の殺人者 ☆

 “今年のディヴァイン”と言ったらいいのか。『悪魔はすぐそこに』『ウォリス家の殺人』『災厄の紳士』と連続で“本ミス”海外作品部門の上位に選ばれ、個人的にも読むたび全くハズレ無しの脅威の作家D.M.ディヴァイン氏のデビュー作が創元推理文庫に収録された(このバージョンの初出は1994年社会思想社)。

 兄と共同で弁護士事務所を経営するオリバーは、子どものころから兄の傲慢なやり方に従わされてきたのだが、今となっては不満よりむしろ兄の活力を評価できる心境になっていた。ある霧の深い夜、兄に急に事務所に呼び出されたオリバーは兄が射殺されているのを発見。警察の見方に納得のいかないオリバーは独自に調査することを決意する。

 この作品が応募されたコンクールの選者を務めていたクリスティー女史は絶賛したそうだが、リアルタイムでは日本で紹介されなかったのは当時のいわゆる流行り(“社会派”や“ハードボイルド”)からズレていたかららしい。なんと勿体ないことだ。シリーズ探偵を置かず、事件の渦中にいる関係者のごく自然な気持ちから警察と別の捜査をさせるデヴァイン作品のスタイルは普通に考えれば現実味があるのだが、個性的なシリーズキャラクタ(職業探偵+「よく巻き込まれる不運なひと」)を探偵役に据えるほうが商業的なアタリを掴み易いとかいう打算もあったのではなかろうか。翻訳ものになるとつい解りやすいほうに走って“○○シリーズ”でまとめ買いしてしまう自分の姿勢も反省しなければと思う。

 物語はこれも例にもれず「人間ドラマ」として非常にきめが細かい。犯人は誰かというのはフェアプレーの精神が強いあまり自ずからあからさまにされてしまうのだが、拾いきれないほどの伏線を後から読み返したくなることは間違いない。それらによって登場人物の人間性が立体的にかたどられるから存在感がある。あらすじだけを早送りしての「推理パズル」では満足できないタイプのミステリファンならきっと歓迎する作品なはず。
 門井慶喜氏の美術ミステリ(たぶんデビュー作?)が文庫化(文春文庫)。続編(『天才までの距離』)も出ているくらいだから人気作なはず。

 画商・横沢が得意気に披露した作品は、ボッティチェリ画というふれこみの、ディオニソスを題材にした『秋』だった。真筆と信じさせるには価格が破格に安いのだが、同席して絵を鑑賞した青年・神永は「ほんもの」と断言する。彼には「ほんもの」を見たとき強烈な甘みを感じると言う特異能力があった。(表題作)
 
 “真贋を見極める最強コンビが挑む、傑作美術ミステリー”と帯にあるのだけれども、語り手である短大の美術史講師・佐々木は“噛ませ犬”。見当違いのことを得々と言わされる、損極まりない役回りを務めている。彼を笑えるほど知識のあるこちらではないから、なんだか気まずくなって終わるのが定番になってしまった。エキセントリックな女子学生・イヴォンヌともども、登場する人物がなんとなくつきあいずらい人間ばかりに思えるのはわざと?

 

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