ポケットにミステリを

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ガラス張りの誘拐

 皆さまあけましておめでとうございます。今頃新年1冊目の記事書いているわたくしに叱咤激励を下さい。

 「好きな作家さんは誰ですか」と訊かれても即座に名前が出てくる方ではないのだが、歌野晶午氏のことはかなり好きなんだと思う。現代社会の描き方のリアルさは他の本格ミステリの書き手の追随を許さないのではないかと思っている。

 それだけに、本書は読む時期を逸したという悔しさが強い。

 刑事の佐原は、家族を襲った悲劇を境に犯罪被害者への聴取ができない「病気」になり、しばしば職務から逃げ出してしまう。上司も薄々感づいていても、サウナなどで時間をつぶす合間に働かせる推理が的を射ることがあり、お目こぼしを受けている。しかしそんな佐原に娘の視線は冷たかった。
 佐原が担当した連続婦女誘拐殺人事件で犯人と目された男が自殺死体となって発見された矢先、佐原の娘が誘拐され、犯人は常軌を逸した要求を佐原につきつける。

 次々と意外な展開を見せるジェットコースターノベルで、読み手を引きつけて離さない。しかしながら、発表された1990年と現在とでは社会と個人の結びつきに大きな変化がある。携帯・ネットの驚異的な発達である。そんなふうに嘆かせる作品は数多いが、本書でも書かれた状況がひどく極端に見えてしまうハンデを負ってしまった。新聞・雑誌を見ないことは想定できても、携帯を開けばニュースが押しつけられてしまうことがあるし、家出人と連絡を取る手段としても有効だ。歌野氏の得意技である、仰天するような状況を描いてもふと「そういうこともあるかも」と思わせる「現代の怪談」的なテクニックが通じなくなるようで、現代社会の味気なさというか身も蓋もない虚しさというか、なにかを嘆きたい気分になった。

バツリスト

 年末調整に入るつもりが、ランキング本を眺めてもそんなに焦る感じにならなかったもので対象外の新刊にも目を向けている。実は対象本ももっと買ったのだがつい気分でこれを先に読んでしまった。 もう読まない かもと思っていた蒼井上鷹氏の出たてほやほや最新刊。まだ誰の評判も聞いたわけでもないのに、たまたま店頭で見たら表紙の雰囲気が綺麗だったからつい衝動買いした。装丁というのも馬鹿にならない。とりわけ今回は帯の赤黒のバランスが絶妙なのにも拍手(外してみたらややサッパリし過ぎ・・・失礼!)。これから惹句は変わるだろうが、なるべくこのテイストを存続希望。

 息子・和宏が自殺に際して残したノートには、苛めた同級生や止められなかった教師、自己啓発セミナーに引きこんだ仲間、パワハラの末退職に追い込んだ上司、不実な恋人らの名前が並び、ひとつひとつバツ印がつけられていた。ついてはやつらを成敗したい・・・・旧友・嶋津の憤りを下貫はいさめ、一度は彼も落ち着いたはずだった。しかしそれから10年後、定年退職もした嶋津はいまこそ息子の復讐に専念すると宣言。嶋津に同情を寄せる丸井らは「協力」を申し出る。

 さて、何気なくこぼれた一言に注目するかたもおられると思うので補足しておくと、蒼井氏の作品を読むのは3作目である。読んだのは最初期の『九杯目には早すぎる』『出られない五人』で、いずれもその時の感想文にあたっていただくとわかる通り不満たらたらであった。その後結構何作も出版されていたようで、いつのまにやらこんな凝ったものを書かれるようになっていたとは全く「おみそれしました」と頭を下げるほかはない。「老体に鞭打って復讐を企てる男に協力する仕置き人集団」とくくってしまうと二番煎じ・三番煎じと軽く見られがちだが、「復讐に至るまでの過去」や「本人と協力者たちそれぞれの抱える事情」の明かし方にしても、単純に時系列を追うにとどめない展開の仕方(記述に三人称の描写と書簡を使い分けることで情報をフェアに隠す)にしても、一言で言って「巧い」のだ。帯に「ミステリー界随一のひねくれ者(?)」とあるが、確かにあちこちに仕掛けを施して「嘘っぽい」という批判がぶつけにくくなる予防線も張っている。蒼井氏の評価を見直す必要性も感じたので、最近発表した作品から遡ってみようかと思っている。

叫びと祈り

 今年の『本ミス』ランキングを眺め、ベストテンで未読の4冊のうちこれだけは読みたいと思って買ってみた。新人の台頭が目立ったとの声がある今年のミステリ界でまず目玉と言えよう梓崎優(しざき・ゆう)氏の単行本デビュー作は、第5回(2008年)ミステリーズ!新人賞受賞作の『砂漠を走る船の道』をリード作にした連作短編集。

 海外の動向を分析する会社に勤務する斉木は、取材のために年の3分の1ほどを海外で過ごす。7ヶ国語を操る彼は「旅人」として国を隔てる人と人を繋ぐ存在でありたいと願っていた。
 サハラ砂漠の塩商の道を取材に赴いた斉木はとあるキャラバンに同行するが、旅の最中に連続殺人が発生する。犯人を限定されやすい状況下、なぜ犯人は犯行に及んだのか。(第1話『砂漠を走る船の道』)

 一応出たらチェックしている東京創元社のミステリ・フロンティアの一冊でありながらあえてさっくりスルーしていたのには理由がある。国粋主義者と笑われるほど海外嫌いの私は、翻訳ものであればむしろファンタジーと同じ引き出しに入れて楽しむのだけれど、「海外を飛び回る邦人青年が各地で遭遇する冒険譚」的な紹介文にわりと早い時期にあたってしまい、全く食指が動かなかったのである。

 しかし読んでみるとその言い方は作品の性質を言い当てていないと思われた。世界各地を舞台にした結果、常識でのものの見方とずれた心情・信念に基づいた犯罪が構成され、それぞれのルールに従ったオトシマエがつけられていく。雰囲気としては石持浅海氏の非日常世界ものに近く、ちょっと過剰なロマンチックさと合わさって、生の外国ではなくセットの街を舞台に動き回っているかのような印象を受けた。個人的にはそのほうが好ましいから、なんだこれならさっさと読んでおけば良かった・・・と思った。

 連作全体に繋がりをつけようとするあまりに、主人公の青年・斉木がどこにいても傍観者的な態度に見えていることと最終話の設定とが若干結びつきにくい感じを受けた。この「謎」のエピソードも独立させてても良かった気もするけれど。

 

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誘拐犯の不思議

 私を知る人には、二階堂黎人氏が私にとってあまり好きではない作家さんだという事実もまた旧知のことであろう。ただ「どれも合わない」というレベルの話ではないし、本格にこだわり続ける二階堂氏の作品を避けて通るわけにもいかなくて、年末のランキングを睨んだ時期になると急かされている気分になる。刊行は今年の夏で、今の時期の読了は言ってみれば「年末調整」みたいなもの。

 “百のサークルに所属する男”水乃サトルは、東都六大学のサークルで構成される「大学連合心霊探究会」に所属している縁で立川音楽大学の学園祭の催し物に協力することになった。『心霊写真の真実』と題した討論会にオカルト雑誌編集長・栗原、心霊写真家・上祐とともにパネラーとして招かれたのだ。終演後に上祐はサトルを呼びとめ、3枚の「心霊写真」を手渡した。無残な死体の写った写真を見てサトルの恋人・彩子は色を失う。死体のひとりが彼女を以前営利目的に誘拐した犯人だと言うのだ。秘密裏に処理された事件の謎を解くべくサトルが捜査に乗り出した。

 なぜ二階堂氏を好きになれないかと言うと、ミステリ的な仕掛けに凝れば名作になると言わんばかりの作風からである。某カリスマミステリ作家の代表作に噛みついたときの評論に端的に表れているが、二階堂氏の作品のなかの人物の思考・行動・発言には説得力が伴っていないと思うのだ。現実に即しているかを問題にしているのではない。たとえ人物像そのものが奇矯だとしても、物語のなかで「この人ならこう思いそう」「こう行動しそう」とか、「こういう言葉遣いをしそう」と直感的に納得させられるかどうかがリアリティなのだと思うのだ。二階堂氏にはそれが哀しいかな欠落していると思えてならない。だからこそ氏の作品のなかで良かったと思うものは『人狼城』にしても『カー』にしても初めから舞台が外国だったり時代が隔たっていたりするものばかりなのだ。なんだか2時間サスペンスめいた庶民性のあるこのシリーズであれば、もっと話し手の生活歴がしのばれ表情が浮かぶ台詞回しなり情景描写なりを求めたい。サトル自身は魅力があるだけに惜しまれてならない。

晩夏

 初読みの図子慧氏。創元推理文庫の新刊コーナーで目新しいものを探していて、なんとなくお名前を知っているこの方の“青春恋愛ミステリ”(帯より)を手に取ってみた。ただし新作ではなく、1991年に集英社から刊行された作品なのだそう。だから携帯が登場しないなど時代の雰囲気は古い。

 派手で奔放な伯母は可愛がり方も自分本位で気に染まないけれど、同い年のいとこ・瑞生のことが大好きだから想子は今年も母の実家・今泉酒造で夏を過ごす。ある日、葬式の手伝いに行くと言って家を出た伯母が翌朝になっても戻らなかった。浮気の挙句と周囲が冷ややかななか、瑞生は密かに涙を見せる。伯母の行方は?  瑞生はなにを知っているのか。

 ミステリ的には多少やっつけ感があるし、人物の描き方にむらがあってもどかしい部分もあるのだけれど、少女趣味的な雰囲気がなかなか魅力的な作品だった。健康美の少女、儚げな少年、隠しきれない知性を覗かせる謎の男。かたや退廃的な奥様、要領が悪いが誠実な親類の男、野卑な雇い人。ステレオタイプを逆手に取った読み易さで、詰め込まずに省いた情報を悟らせるのは狙ったうえでのテクニックなのか、あるいは単に天然なのか。

 「事件の終わり。そして、少女の時代の終わり。」(帯より)と言うからにはきっぱりとした決別が待っているのかと思ったけれど、こういうラストにしたあたりも少女向けの甘さを大事にしたのだろうと思わされる。ミステリ読みに男も女もないのが建前だとしても、この手のものはやはり女性向けに違いない。

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