ポケットにミステリを

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米澤穂信氏の古典部シリーズ最新作。
『王とサーカス』を貸したら母親が大のホノブファンになり、図書館で借りては読んだらしい。新刊はなかなか順番が回らないからそのうち「アナタ買わないの!?」て言われると思い、買っておくことにした。

収録作品は掲載誌が複数だし、発表順と収録順が違うしでなんとなく人間関係とか個々人の成長の度合いとかに統一感がない感じなのが気になる。

神山市出身の童謡作家・江嶋にちなんだ市民合唱祭に参加するはずのえるが本番前の会場から姿を消したという。手がかりを探す奉太郎はえるが歌うパートの歌詞から彼女の気持ちを察し、手をさしのべようと決意する。(表題作)

本格ミステリとして読んでいる方には済まないが、特に表題作はそういうもんでもないだろうから盛大にネタバレ。
私、このタイトルの意味を完全に読み違えていました。お父さんのセリフだと思ってたよ。
「願わくは自由の空に」
「いまさら翼といわれても許さん、お前はこのまま籠の鳥だ」
そこでホータローである。省エネを旨とするホータロー。世界を股にかける姉に臆するでもなく、残り物を活かした焼きそばや冷やし中華や卵トーストをひとりで作ってもそもそ食べながら、本の世界に遊べるホータロー。えるが空へ飛び立とうというなら、蔵いっぱいしまい込まれているのであろう家の古文書でも虫干しながら、広い庭先を掃いたりして悠然と過ごしてくれそうなベスト婿養子ストなんじゃないの。
なんたって「後は任せろ」だもんね。

なんて思ってたよ。

どこから間違ってたんでしょう。気になるから以前の作品を読み返したほうが良いかなあ。

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 初読みのエドマンド・クリスピン氏。「名探偵フェン教授登場」と帯にあるが、デビュー作ではなくどうも5作目にあたるらしく、「創元推理文庫に初登場」が正しいようである。書かれたのは1948年、「黄金期の風格漂う英国探偵譚」だというから好みの路線なのではないかと思い買ってみた。

 カスタヴェンフォード校校長・スタンフォードは同女子校長の訪問を受けて弱っていた。合同演劇公演の練習に参加した女子生徒の様子がおかしいのは何か男女問題のためではないかというのである。かと思えば化学教師・フィルポッッは化学室からの薬品の盗難を届け出てきた。両者の関連に思い当る頃、教師二人が続けて射殺され・・・・

 筋立てはごく深刻なのだが、雰囲気は“ファルス”と呼ばれるドタバタ調。いくつかの事件が立て続けに起きて関係者を悩ませ、一気に解決に向かう構造だから、展開に関係者が戸惑っている間は読み手もひたすら右往左往させられて息があがってしまう。「オックスフォードの頭脳」と持ち上げられるフェン教授にしてからが五里霧中な頼りない有様に見えて、ユーモラスというよりは大丈夫か?と不安にさせられたりする。感情移入できると乗るのだろうし、よく知らないキャラクタをつかみかねていると笑えない。H・M卿の一挙手一投足が笑いを誘うのとはそこに差が出たのだろう。

 そしてこの犯人の工作・・・・・それは無理がありすぎないか・・・・・

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オー!ファーザー!

 即買いはせずともほどほどに追っかけている伊坂幸太郎氏。安定したものを読ませてくれることは間違いないから、この時とばかり積読棚から手に取った。と言うのも思ったより昨日の『サゴケヒ〜』が効いてしまったようで、こんな気分をリセットしたいときのために置いておくと便利(常備薬ですか?)。

 うちには父親が4人いる。外見も職業も性格も嗜好もまるで異なる4人。本当に遺伝子が繋がっているのは一人で、だから彼らはいつも由紀夫と自分の類似点を探し出しては安心する。DNA鑑定をしちゃえばいいじゃないか? 「そんな鑑定なんかして、もし俺が父親じゃなかったらどうするんだよ」

 「第1期の総決算」とは良く言ったもので、これはまさに自分の思い描く伊坂調そのものだと思う。雰囲気は『陽気なギャング〜』と同じだし、ノワールな部分は『グラスホッパー』や『ラッシュライフ』だろうし。伊坂作品のウリ、即ち「軽快な会話」も「ちょっとした噂話に潜む伏線」も「サプライズな展開」も満載で巧いこと書いていらっしゃるのでひとに薦めれば無難だろうけれど、結果コレをイチ押しにする人間だと思われるとすればなんだか不本意。たぶん感激させようと狙っているポイントが自分のツボから逸れていて、『ゴールデン・スランバー』のときのようにむやみと胸を締め付けられる感覚には襲われなかった。父親が「わが子」に確証を持てないのは当然のことで、だからこそ父親になるには覚悟も努力も要る。母系社会においては、並行してつきあう求婚者のなかから母親が「父親」を指名する制度も珍しくない。由紀夫の母をある意味天晴とは思うけれども、宙ぶらりんに置かれた父子の関係がこんなに牧歌的に書かれていてもいまひとつ釈然としない。
 

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偽りと死のバラッド

 ルース・レンデル氏のウェクスフォード警部もの6作目。角川文庫作品をまとめて入手し、
しばらく安泰。

 キングズマーカムの街で野外コンサートイベントが開催された。クラシック音楽を愛する堅ブツのバーデンは音楽のやかましさにも集まる若者たちのいでたちにも批判一方だが、ウェクスフォードは意外にも若者のエネルギーの発露に寛大だ。無事に日程を終了するかと思われた矢先、会場を見まわっていたふたりは参加した観客から女性の死体発見の通報を受ける。どうやらコンサートの始まる以前に殺害され遺棄されていたらしい。やがて彼女とフェスのスターの意外な関係が明らかに・・・

 前作ですっかりバーデン警部嫌いになっている私には、今回の作品で彼が家族思いの人間になっていることもまるでプラスの条件にはならない。一方でウェクスフォード警部の丁度良い枯れっぷりが素敵。若者(子ども)との付き合い方の、迎合するでもなく切り捨てるでもない加減もそうだし、当世風の女性のライフスタイルに関する寛容さにしてもそう。

 そんなレギュラーメンバーへの感想はともかく、ミステリ的にはストレートな“犯人当て”小説ではなく犯罪の成り立ちを哀しむ趣を重視した作品で、がちがちの本格だと疲れる最近の気分に合っていて良かった。若干の説教臭さを除けばこういう余韻も悪くない。ただ、訳文に一部現代語を狙ったような言葉遣いがあって(「オジン」とか言われても、ねえ?)萎えるのは残念。こういうところから古びるよね。

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伯母殺人事件

 初訳は1960年だという古いミステリである。初読みリチャード・ハル氏。本八幡の古本店でついうっかり買ってしまった1冊。アイルズ『殺意』、クロフツ『クロイドン発12時30分』とともに倒叙推理小説の三大傑作の一つとされる作品と聞き以前から気になっていたヤツなのでしかたないのだけど、本屋に入って手ぶらで出て来られない性格は何とかしたい。

 ぼくは高圧的な伯母を殺害しようと決めた。しかし血を見るのは好きではない。直接行動に出ずに上手くやる方法はないか・・・?  

 手記を綴る「ぼく」の厚顔無恥な雰囲気と伯母さんの強面っぷりに「ぐふふ」という黒い笑いがこぼれてしまうが、本当は笑いごとではないギスギスした物語。いわゆる「信頼できない語り手」の類だから終盤の展開で「ほうらやっぱり」と思わせるのが作者の狙いなはずだが、むしろ「きっとこの伯母さんって実際イヤなやつなんだぜ」と思ってしまうのは自分の心の狭さゆえか、執拗に両者の対立を描写して雰囲気を盛り上げる作者の筆力の結晶か。「ぼく」の怠惰さへの痛烈な皮肉、暗示されている両親の悲劇とそれに関連する「悪い遺伝」の偏見、若者らしい奔放さへの抑圧etc.とどうしても「伯母」への不満が伝染してくるかのようだ。古典の例にもれず結末は予想の範囲なので、もうひとひねりしてやってくれよぅと同情しないでもない。

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