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ペットを飼うのはいいけれど、死んでしまった時に悲しいから、と次を飼うのを辞める人も多い。
可愛がっていなければ、それはそれで、死んだ時に自責の念を感じる。
僕のあばあちゃんが昔に見たと言う不思議な夢は、後者の気持ちからだったのだろうか・・・
おばあちゃんは動物が大好きだった。
近所をうろついている野ネコ達を観察したり、写真をとったり、名前をつけているくらいだったし、犬でも鳥でも、見てしまうと家に連れて帰りたくなる。
そんなおばあちゃんにも昔、苦い経験があったのだと言う。
ネコの「ちゅう太郎」とおばあちゃんが暮らしたのは、もう、何十年も前だ。
当時はまだ幼い僕の母とおばあちゃんの2人暮らしの家に、子猫がやって来た。
知人から託されたのか、拾ったのか、その辺りは忘れたのだが、とにかく拒む理由が無い2人は大喜びでそのネコを飼うことにしたらしい。
「ちゅう太郎」はどんどん成長し、体格の良い立派な雄ネコになった。
眠る時はおばあちゃんの胸の上に乗るのだが、重い。いくらどけてもちゅう太郎はやって来るのが悩みだったが、2人共ちゅう太郎が大好きだった。
しかし、やがて治っていたはずの母の喘息の症状が出るようになり、医者からはネコは手放したほうがいいと言われたのである。
おばあちゃんは辛い選択を迫られた。
もちろん我が子が苦しむ姿は見たくない。けれどちゅう太郎を手放すなんて耐えられない。
必死で貰ってくれる人を探したが、不運にもそうゆう人は現れなかった。
ある夜、おばあちゃんは母が眠った後にちゅう太郎を丈夫な箱に入れ、自転車をこぐだけこいで行ける限り遠くに、ちゅう太郎を捨てて来たのだと言う。
おばあちゃんを信頼しきっていたのか、暴れもせずに箱に入ったちゅう太郎の姿は、何日も頭から離れなかった。泣く母にはちゃんと事情を話し、ようやく、ちゅう太郎のいない生活に慣れてきた頃・・・
朝起きると、玄関にちゅう太郎がいるのである。
ドロドロで痩せ細ったちゅう太郎が、そんなになってまで帰って来たのだ。
嬉しくて仕方ない。なんて、けな気なのだろう・・・けれど、やはり家で飼うことは出来ない・・・。
おばあちゃんは、今度は知人に運転を頼み、何十キロも離れた場所にちゅう太郎を置いてきた。
帰りには涙が止まらなかったと言う。
そうして、今度は、ちゅう太郎は戻って来なかった。
それから何年かが過ぎ、眠っていたおばあちゃんは、不思議で気味の悪い夢を見た。
河原に立つ自分の前を、お坊さんの列がお経を唱えながら過ぎて行くのである。
何十人ものお坊さんがゆっくりと進み、最後の人が通り過ぎる。おばあちゃんはじっと立っていたのだが突然、最後尾のお坊さんが振り返り、かぶっていた笠を取った。
その顔は、ネコ。まぎれもなく「ちゅう太郎」の顔をしていた。
彼は、そのガラス玉のような瞳でおばあちゃんをじっと見た後、再びお経の声と共に列に戻り、遠くに消えて行った・・・
はっと、目が覚めたときおばあちゃんは泣いていたようだ。なんとゆう夢を見たのだろうと、体を起こそうとしたその時、どん。と胸が重くなった。
懐かしい感覚だ。ちゅう太郎はいつも、こうやって眠っていたのだから。
ちゅう太郎だ!とおばあちゃんは確信した。
きっと、ちゅう太郎は死んだんだ。魂が今ここに帰って来て、昔のように胸の上に乗っているのだ。
目には見えないが、昔していたように、おばあちゃんはちゅう太郎の背中を撫でる仕草をした。
手には何も触れない。それでも、「来てくれてありがとう。酷い飼い主でごめんね・・・南無阿弥陀仏・・・」と言い続けた。
やがて、重みがすうっと去り、手と布団には野ネコ独特の体臭が残っていたのだと言う。
おばあちゃんは飛び起き、仏壇に手を合わせると、朝まで、ちゅう太郎の冥福を祈り続けた。
そりゃ、全部夢だ。とみんなは言ったが、自分はお別れに来てくれたのだと信じている。とおばあちゃんは言っていた。
いくら捨てられても、辛い飼い主の気持ちが分かっていたのだろうか。恨んではいなかったようだ。
それでも、それからは長い間、おばあちゃんはペットを飼わなかった。
2代目「ちゅう太郎」がやって来たのは、僕が子供の頃の事である。
END
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