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旅の記憶・ アジア

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これから関西空港へ

昨年11月以来の海外旅行へ行って来ます。
明日から中国・北京への観光旅行です!!

マタマタ中国です。
夫は30年ぶりの北京ですが、様変わりに仰天するかも・・(笑)
私はイラン旅行の時、給油で空港は着陸しましたが、
北京観光は初めてです。

膝の半月版損傷からやっと最近は痛みもそんなにひどくは
感じなくなってきています。
これ以上、半月版損傷が
ひどくなっては到底不可能になるので今の内に、
万里の長城や紫禁城などを見てみたいと感じていました。

今、いろんな問題を抱えている北京
子供たちから何で?
他の国へ行ったらなんて言われながらも・・・・

夫が、2年前からず〜〜〜っと
中国語会話に毎日一生懸命取り組んでました。
四月からは大学の中国語を受けると益々中国語に一生懸命・・・・
夫は中華料理は駄目なのに・・・・
なのでここ数年、中国ばっかりの旅です。

中国旅行は友人達と今までに、
香港、広州・桂林、上海・蘇州、香港・マカオ、西安・敦煌へ行きました。

一昨秋から夫と二人で青海(チンタオ)、
昨年の8月に瀋陽・大連・旅順へ旅行と
11月には賀州・広州・桂林・開平へ旅行しました。

台湾を入れると9回目になります。
今回で10回目、結構良く出かけてます〜〜〜
こんなに出かけている中国は巨大な国土です。
中国制覇は程遠い〜〜〜〜

でも、今回の北京旅行で
世界遺産である、3大故宮を全部制覇する事になります。
台湾故宮・瀋陽故宮・北京故宮、
紫禁城を訪ねるのはワクワクしています。
北京だけで5つの世界遺産があり、全部見ることが出来そう〜〜〜

明日の朝10時の飛行機に乗ります。
我が家からは朝一番の電車で行こうと思えば行けなくはないですが
ちょっと早起きがしんどいので無理しないことにしました。
昨年の旅行の時と同じ様に前日からゆっくりと出かける事に・・・・
先ず
今日は関西空港のホテルで前泊します。

帰国しましたら写真などを載せることが
出来ればなーと思っています。

陳氏書院と中山記念堂

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広州の朝も早く目が覚めましたので朝食後、出発までの間
朝の散歩をしました。
近くの公園では沢山の人々がそれぞれのグループで朝の体操?
をしていました。
余り太極拳のような事はしていなかったです?
カセットラジオ(デッキ?)で音楽を鳴らしてダンスのような感覚です。
色んなグループが違う曲を流していて、傍を歩いてるとごちゃ混ぜで聞こえてきました。

いよいよ今回の旅行の最後の観光です。
11年前に広州を訪れた時よりも車の数は圧倒的に増えて
渋滞も到る所で発生していました。

当時はまだ自動車はチラホラで広い道路も自転車の洪水でした。
圧倒的に自転車が多かったです。
もちろん街の様子や高層ビルの数も、人々の姿も
以前とは比べ物にならないほどの変化です。
急激な経済発展をしているようでした。

午前中
陳氏書院と中山記念堂の観光しました。

陳氏書院
別称陳家祠ともいわれ、清時代末の(1890〜1894の頃に)に陳姓の人々が
協力して建立した族祠と書院です。
陳氏一族子弟の教育もここで行われたそうです。

中山記念堂
中山とは孫文のことです。
孫文が日本に亡命する時、身分を隠すため中国にはない中山という姓にしました。
中山祈念堂は1929年から3年かけて建設された。
記念堂の入り口には「天下為公」と書かれた額がかかっています。
これは「権力は公のためにある」という意味です。

11年前も同じ陳氏書院と中山記念堂は観光しています。
http://blogs.yahoo.co.jp/saeko_88/44645232.html
時間的余裕がないのか
今回、博物館や美術館などの観光はなかった・・・・

11時ごろ空港へ
空港のホテルで昼食後、いよいよ日本へ帰ります。
15:35分出発が大幅に遅れました・・・・
飛行機の離発着が多すぎて狭い座席に座ったまま
1時間以上も待たされた。

関西空港には22時前の到着になり自宅へは
「はるか」に乗っても
とても遅い帰宅となりました。

広州へ到着!!

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午後、開平から高速道路で2時間、広州に到着しました。
大都会です!!
長距離を移動しながらの観光もようやく最後の2日間になりました。

7日間の走行距離をガイドから聞きました!よく走ったものです〜〜〜
その他にあちこちの観光で行ったり来たりを繰り返して
広州到着で走行距離が1600キロだとの説明でした!!

ホテルは珠江の傍です、華厦大酒店(ランドマークホテル)
早めの到着でしたので夕食の5時40分集合までの時間まで
荷物を部屋へ置くと早速周辺の散歩をしました。

珠江は広い川です〜〜〜
中国の3大(黄河・揚子江・珠江)大河の一つです。
川べりの散策後、近くのデパート店に入ってみました。
でもお客は殆んど見かけない・・・
写真は、
珠江の川べりと部屋からの眺めと夜景です。

5時40分集合で外での夕食へ出かけました。
夕食は広東料理でした。

夕食後、ツアーの方はバスでホテルへ戻りましたが、夫と私は
別行動をして、夜の広州の街を歩き回りました。
後で地図を調べると珠江の川とそれほど遠くない繁華街で広州の中心街でした。

南北に長い歩行者天国のような通りは両サイドにあらゆるお店が
ずら〜〜〜〜り、歩いている人達が若い・若い〜〜〜。
夜のせいも知れませんが歩いている人達に高齢者は見かけませんでした。
そして食べ物や・ゲーム・靴・洋品と
いろんな
お店の商品も若い人向きが多い〜〜〜

ここでは人口の平均年齢は20代後半と言う(ガイドの説明)。
高齢化の進んでる日本と、若い世代の多い中国と・・・
未来の日本はどうなるだろう〜〜〜〜

夫は今回一番探したい本屋をやっと見つけました〜〜〜
桂林でも雑誌やはあったのですが・・・・欲しい本などなかったのです。
大きな本屋を見つけた、1階は洋品店で本屋は2階でした。
2階は見つけにくい・・・(^_^;)

早速、
中国の「国語」みたいな本を6冊ほど買いました。
(自宅で中国語の勉強の為)
自分の目的を終えるとホテルへ帰ろう〜〜〜と言う・・・
勝手やなーと言いながらもタクシーでホテルまで戻りました。

ホテルでインターネットをしようとビジネスルームへ
ナンと\(◎o◎)/!
たった15分で90元(日本円で約¥1500)と言う・・・
高すぎて止めた。
歩き回っていた時、街のネット屋に入ればよかったかなーーー?

一番下の写真は朝のホテルの前の公園で数人づつがグループになって
それぞれ色んな曲を掛けて思い思いの体操をしていました。
この時は高齢者のグループも運動していました。

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今回の旅行の目的は桂林をもう一度訪ねたいのと
世界遺産に登録されたばかりの
中国の西洋建築群を見たいと思ったことでした。

朝早く目が覚めましたので朝食後9時に出発までの間
ホテル周囲を散策しました。
広い川の向こうからの朝日がとても綺麗でした。
いよいよ珍しい建築として登録された世界遺産の見学です!

資料とガイドの説明から

開平は広東省の中南部に位置し、珠江三角州経済解放区に属しています。
潭江が市の中心を流れており、
水路が近隣地区との交易において重要な役割を占めていたそうです。
人口は68万人ですが、在外華僑は67カ国、75万人に及んでおり、
華僑の輩出地として有名。
開平は華僑の郷、建築の郷、芸術の郷といわれてるそうです。

望楼の歴史

アヘン戦争後、アメリカ、カナダ、オーストラリアで金鉱が見つかり、
加えてアメリカは西部開発のため、大量の労働力を必要とした。
このため多くの開平人民が契約労働者という形(実際は奴隷労働)で
これらの国々に渡った。

「苦力(クーリー)貿易」という事です。
黒人奴隷が廃止されていく時代の流れの中で、中国人に白羽の矢が立ったのです。
苦労して
故郷に錦を飾るべく帰国し、血と汗で稼いだ金で土地を買い、家を建て、妻を娶り、
普通の人間としての夢を実現した。
また異国の地に留まったものは華僑となり故郷に送金を行った。
でも
共産党政権の発足後、豊かになった華僑本人の住居目的で建てた
「居楼」の所有者の殆どは共産党政権を嫌って
再び海外に移住した。

海外華僑の75万人がこの開平出身者で、
開平市民の99%が海外華僑の親類だそうです。

開平の町の至る所に点在している「居楼」が、今年8月
世界遺産に認定されました。
私達は点在している沢山の「居楼」の中で
自力村(50元)と立園(60元)の「居楼」を見学しました。
両方の共通券だと90元です。

ガイドさん曰く
65歳以上の方はパスポートを見せてくださいと言う、
数人の方々が身体に仕舞い込んである(旅券が大事なものだと・・・)
パスポートを引っ張り出して見せていました。
個人には還元されなかったが少し安くなったのかしら?

立園
立園はアメリカ華僑・謝維立氏が1926年より
5年の歳月をかけて造った庭園は綺麗に管理してありました。
謝維立氏は3人の奥様がいて、それぞれの奥様専用の建物もありすごい!!
調度品なども残されていて贅沢な暮らしが出来ていたことを垣間見ました。
3番目の奥様は今でも香港で暮らしているとの事でした。
ここで作り立ての雷おこしみたいなお菓子を買いました5元でした。

自力村
ここの建築物は保存が比較的良く、内部の見学も出来ました。
村内には9個の楼と6個の盧(西洋式別荘)があります。
一番最初に立てられたものは龍勝楼で1919年、
最後のものは湛盧で1948年です。
やはり古くはなっている物の調度品などを見ると歴史を感じました。
2つの6階建ての建物の最上階まで登りバルコニーから眺める
周囲の景色は大きな建物はなく、
これらの居楼が点在している田園風景でした。

その他に
方氏灯楼・寶樹楼・迪光楼・一枝楼・月波楼・国賢楼 など
沢山の洋楼が開平の町の中に点在してバスで走っている時の風景でした。

一番下の2枚の写真は開平の町で昼食場所です。
昼食は広東料理を頂きました。

午後は広州へ向けて出発です〜〜〜

世界遺産登録の開平へ

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11月25日
いよいよこの夏に日本の石見銀山と同じ頃、
世界遺産に登録された開平へ450キロの移動です。
開平は今日は一日かかっての大移動です。

開平は世界遺産に登録されたばかりなので、
観光地としてはこれからになる町です、
ちょっとワクワク気分でした。

賀州から一路開平の途中、杯集の町にある海逸国際ホテルで
地方料理の昼食を頂きました。

途中の四会市や仏山市などで交通渋滞に巻き込まれてしまいました。
中国では市は日本の県と同じだと説明を受けました。

高速道路も一般道路も道路の状態は悪く凸凹の上、
広州から桂林への時と同じですが両方の道中は、
市を跨ぐと一般道路でも
しょっちゅう料金請求での為のゲートがしまっていて時間もかかりました。

何しろ積載オーバーのトラックが多く道路も一応舗装がしてあっても
穴だらけで
日本の道路の綺麗な事に改めて気づきました。

信号も殆んど無く平気で割り込んだりする車も多く
ルールも守らないないようです。

夕方開平へ到着しました。
ホテルは三埠假日酒店です。
夕食はホテル内のレストランで広東料理でした。


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