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旅の記憶・ ヨーロッパ

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ネルトリンゲンからバスで南下している途中「ドナウ川」だと・・・・
有名な「ドナウ川」をバスもゆっくり橋を渡りながらチラッと見ました。
そして
シュタインガーデンの「世界遺産・ヴィース教会」へ行きました。

ヴィース教会は1983年にユネスコの世界遺産に登録されています
シュタインガーデンの町はずれ、牧草地の中にぽつんとある巡礼教会です。

ヴィース教会はヨーロッパで最も美しいロココ教会といわれるほど、
その内装は美しくまた煌びやかです

最初は小さな礼拝堂が手前にありました。
巡礼者が多くなり1746年に建築が始まったそうです。

観光客も多かったがお祈りしている方々も多かった。

この旅の間、いろんな教会を見ました。
カトリック系とプロテスタント系ですが、
プロテスタント系はステンドグラス以外は地味な感じです。
カトリック系は教会内部はとっても華やかです。 

「世界遺産・ヴィース教会」の観光を終えてこの日の宿、
 HOTEL MUELLER(ホテル・ミュラー)です。

このホテルは「ホーエンシュヴァンガウ城」のすぐ傍です。
シュヴァンガウの街や
「ホーエンシュヴァンガウ城」はこの後で・・・・・・

シュヴァンガウの街に近づくにつれお城がチラチラと
バスの中から見えてきました〜〜そして、ホテルに到着して、
まず目に飛び込んだのは・・・・・
「ノイシュヴァンシュタイン城」、感動です!!!
明日(7日)、このお城の観光が楽しみです。

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ローテンブルクからフュッセンの近くのこの日の宿、シュヴァンガウまでの街へ
行くまでに
ディンケルスビュール、ネルトリンゲン、シュタインガーデンの三つの町を訪れました。
シュタインガーデンは町外れの「世界遺産・ヴィース教会」へ行きました。

最初はディンケルスビュールです。
ディンケルスビュールは1188年、「ディンケルスピューヘル要塞地」として
中世の防御設備に守られた帝国自由都市です。
13世紀になると現存する、最古の防御設備が築かれます。
14世紀になると織物業がディンケルスビュールの主要産業として発達します、
15世紀末には聖ゲオルグ教会が建てられます。
交通の便が悪いことで、中世の町として現在に至ってます。

ここも城壁で囲われています。城門の外でバスを降りました。

聖ゲオルグ教会や、町の建物を見ると中世に迷い込んだようです。
この町は第2次世界大戦の爆撃も受けず、中世の頃の町並みがそのまま残っていることから、
中世の生きた博物館といわれてるそうです。


資料から
聖ゲオルグ教会
15世紀末には聖ゲオルグ教会が建てられた。
教会内部はゴシックの特徴を生かし、天井が高く、側廊の天井がそのまま身廊の天井に続くため、
広く明るい造りとなっている。中央祭壇の上部にはこの教会の守護聖人である、
聖ゲオルクの浮き彫りが置かれている。

市参事宴会場の建物
一番左の、鐘楼と時計塔がのっている赤っぽい壁に白い窓という建物は、16世紀に再建された、
当時、市の迎賓館も兼ねていたためスウェーデン王グスタフ・アドルフや、
神聖ローマ帝国皇帝カール5世なども宿泊している。

ドイッチェスハウス 
1600年頃に建てられた、左から3番目のドイッチェスハウス。
南ドイツルネッサンス期を代表する美しい木骨組の家で、
現在はホテル・レストランとして利用されている。

木骨組の家は各階ごとに独立した箱で、地震の多い日本では考えられない・・・(^_^;)

シュランネ(穀物倉庫)
ドイッチェスハウスの一軒おいて右隣の黄色い建物は、1600年頃にできたシュランネです。

ワインマルクト
教会の前の道路が交差して広くなっているところが、町の中心マルクト広場で
ワインの取引が行われた場所だと。

ネルトリンゲン
ディンケルスビュールから30分ほどバスで南下してネルトリンゲンの街です。
街に入る前にレストランで昼食だそうで後で見ると直ぐそこに城壁の門がありました。
街の城壁の外のレストランでまず昼食でした。

1500万年前に隕石が落下してできたリース盆地にある、
直径約1キロほどの城壁に囲まれた円形の町です。

街へは円形の街の画像の一番上の門から入りました。

街の中心に聖ゲオルグ教会が建ってました。
89mの高さを誇るこの塔は、教会の鐘楼として1539年に建てられたもので、
リース盆地のどこからでもよく見えます。
ちょうど教会は修復工事中で入り口はシートに覆われてました。

中心地の噴水の前に
日本語で「ロマンチック街道」の標識を見て(@_@;)

資料から
16世紀に始まった宗教紛争、30年戦争によってネルトリンゲンは急速に衰退しました。
以後約300年間は町には何ら建設されず、また世界大戦後の市政によって
中世の町並みを完全に残してネルトリンゲンは現在に至っています。

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もちろん城壁も上って歩きました。
あちこちに寄付された方のネームプレートがあり、
日本の企業や個人名も沢山ありました。

姉と二人で、4分の1ほど歩きましたが、姉が疲れたといって先にホテルに戻ったので
私は一人で半分以上ぐるっと歩きました。

あくる朝の出発までの時間も散歩して
この城壁の中の街は
やはり地図を片手に殆ど歩きました。
次に訪ねる機会があれば地図無しで歩けそう〜〜〜〜(笑)

細長い写真は
ブルク公園から城壁の外周の入り口近く(天狗の喉あたり)と
その場所(城壁の上)からブルク公園(天狗の鼻)あたりを写したものです。

夕食はマルクト広場のまん前のレストランでした。
とっても良い場所です、何故なら
市議宴会場の切り妻の壁に時計があります。

特徴的な建物ですが夕食を終えて間もなくの21時に
ローテンブルクの逸話で仕掛け時計は、
「マイスタートゥルンク」の物語にちなんだものです、
右側のヌッシュ市長が大ジョッキのワインを一気飲みします。

マルクト広場に集まっている大勢の方たちと
仕掛け時計を見ました!!
最後の写真は仕掛け時計を見て帰る頃の
22時前ですがまだほんのり明るい〜〜〜


資料から
ローテンブルクの歴史は古く、960年頃にタウバー渓谷地区(デトヴァング地区)に
最初の集落ができたのが始まりです。1274年には「帝国自由都市」となります。
その後1400年頃には人口が6000人を超し、帝国最大の都市の一つまで発展します。
しかし1618年に始まった30年戦争によって町は衰退し、
ローテンブルクは歴史から忘れ去られます。
ところが19世紀に入ると、
中世ドイツの佇まいを残すが故に観光地として広く知られるようになります。
残念なことに第二次世界大戦では空爆の犠牲となり、町の40%以上が破壊されました。
その後全世界からの大がかりな寄付援助により再建復興が行われ、
ローテンブルクは現在ほぼ完全な形で中世の町並みが再現されています

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市庁舎の鐘塔の展望台から降りて今度は聖ヤコブ教会へ行きました。
少し修復工事中でしたが中に入れました。

1階と2階があり2階には
聖地エルサレムから持ってきたと言われる
キリストの聖血の祭壇が顕示されているのです。
聖血が納めてあると言う水晶の入れ物を
目を凝らしてみたのですが・・・ステンドグラスなど窓の反射光でよく分かりませんでした。

資料から
聖ヤコブ教会 (St. Jakobskirche)
14cから15cにかけて建てられたゴシック様式の教会。
建築には100年以上の歳月(1311〜1448)を要している。
上下に細長い窓と柱、神の在す天へと向かっている2本の高い塔、
内部に入ると天井が高く、窓も高く大きく十分採光され、
その窓にはステンドグラスがはめ込まれるといった、ゴシックの特徴が見られる。
ローテンブルクの中央教会で現在はプロテスタントの教会。
十字軍遠征の折に聖地エルサレムから持ってきたと言われる
キリストの聖血が顕示されているため、
アルプス以北で最も聖なる巡礼地として、かつて多くの巡礼者が訪れた。


そして、ホテル方角の教会の後の建物、中世犯罪博物館へも入りました。

中世犯罪博物館は
中世の法律、判決に関するものと、拷問責めに使用された道具などが
展示されてました。
魔女の疑いをかけられた女性を座らせた鉄の刺がでている恐ろしい椅子など、
実際に使われたことを思うとぞっとしてしまうものなど、いろんな拷問のための道具があり、
当時の拷問の恐ろしさを感じました。

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その後、夕食までの19時まで、自由時間となりました。
姉と二人、まず、街を一望したかったので市庁舎の鐘塔に登った。

市庁舎は、2つの部分から構成されています。
ゴシック様式の市庁舎、および60メートルの鐘塔は1250年〜1400年の間に建てられ、
ルネッサンス建築物は1578年頃に建てられ、
アーケード突出部が1681年に付け加えられたそうです。
とっても古い建物なのに・・・古さを感じません。

市庁舎の鐘塔は白くて美しくお城のようです。
中の木造階段などを見るとやっぱり古い建物だと感じました。

市庁舎のマルクト広場側、アーケードの入り口から入って石の螺旋階段を上って
途中、広い石の床の間を抜け、次の建物に入り
木造で通路も狭く垂直ではしごのようなかなり急な階段を上ると
鐘塔の展望台に出ました。
この最後の10段ほどの階段は上りも下りも怖かった〜〜〜

写真の白い鐘塔は数人しか立つことが出来ない展望台の
天辺へでました!!

丁度、オーストラリアから来たと言う男性二人がいました。
写真を写していると声かけするのです、
なんとびっくり!!!
男性の一人が持っているカメラ、LUMIX、私とおんなじ〜〜〜
色も型番もおんなじです!!!違っていたのはメニューが英語でした(笑)。
で、お互い写しやっこしました。

ローテンブルクの旧市内は天狗の横顔そっくりです。
バスから降りた街の入り口が細長い首のようでブルク公園が天狗の鼻の辺り・・・・
登った甲斐があったほど
360度、赤い屋根の美しい町並みでした。


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