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旅の記憶・中東・エジプト

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9月16日イランの首都テヘラン・メヘラパット国際空港到着(00:50)へ
深夜の到着でしたので出迎えのガイドさんの案内で
取り敢えずホテルへ向い休息しました。

テヘラン・メヘラパット国際空港で最初目にした光景はすべての女性が一様に
黒色(若い人は白などの色)のチャドを頭から被り
顔だけしか覗かせていない姿に話には聞いていましたが\(◎o◎)/!です。

もちろん私達外国人にも頭にスカーフを
必ず被ることが義務づけられていました。

そして街の道路沿いは
街路樹が車道より低く溝には水が流されているのです。
樹木も大木です、なので道路も木陰になっていました。
日本と同じ様に四季があり、夏は道路沿いの樹木が
涼しさを作っているようでした。

雨も少なく砂漠化している国です。
水を流す事で大木が育ち街を涼しくしているのだと思いました。
きっとテヘラン北部に連なっているアルボルズ山脈の雪解け水や雨水も大切にして、
有効利用しているだろうと想像しました。

テヘラン市内観光です。
早朝の到着でしたのでホテルで朝食後、AM8:00集合でした。

パーレビ1世の宮殿・パーレビ2世の夏の宮殿やガラス博物館・
イマム・モスクの見学やダイヤモンド博物館などへ行きました。
もり沢山の見学を一杯しました。

サーダバード宮殿
パーレビ1世の宮殿(みどりの宮殿)
テヘラン市街の北に見えるアルボルズ山脈の麓に造営された
旧パーレビ王家の夏の離宮でした。
ハーレビ朝を開いたレザー・シャーが1922年から6年間かけて贅を凝らして
作り上げた宮殿です。
内部は天井から壁まで総ガラス張りの部屋等は豪華でした。

ダイヤモンド博物館
革命前に王家が所有していた宝石のコレクションが展示してある博物館です。
王冠・刀剣・衣服などや宝石が埋め込まれているという「地球儀」など
ため息をつきながら見て回りました。

ガラス博物館
建物はガジャール朝時代に首相の私邸として建てられた。
その後エジプト大使館として使われました。
1936年に博物館になったそうです。
内部はヨーロッパ風の装飾が施されてちょっと違う雰囲気の感じでした。

テヘラン市内はホメイニ師とこの年に大統領になったハータミー大統領の肖像画や
イ・イ戦争で戦死した人達の肖像画が至る所に掲げて有りました。
ちょっと怖かった事
博物館などの建物入り口や町の中も機関銃を持っている軍人?が
至る所に立っていました。やはり日本と違う・・・・
ちょっと怖かったです。

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1997年9月15日〜9月22日
丁度10年前のこの時期、すでに会社勤務をしていました娘が
転勤して東京へ行っていました。

イラン旅行の事を、
「ペルセポリスの古代遺跡を見に行こうと思うのだけど」と
提案してきましたので
一緒にイラン旅行へ行く事になりました。

悠久のペルシャ8日間の旅へ出かけました。
日本との時差は約5時間です。

何しろ娘が大学の専攻が西洋史、お陰で
いろんな国々の旅へ出かける事が出来ました。
特にこの時のイラン旅行など娘と一緒でなければ
到底かなわなかったと思います。

イラン旅行への注意として特に女性は厳しかったです。

この旅行より前の1993年11月17日〜11月26 日にトルコへ 娘と
出かけた時は同じイスラム社会でも旅行者に
スカーフや服装の強要はなかったのですが・・・・

トルコ旅行は11月に書き込みしたいと思っています。

服装 (女性) 
髪を覆うスカーフは必需品です。

上着は必ず長袖です。
半袖などの上腕部(手首より上)が見えるものは駄目でした。
上着はぴったりしたものを避ける事、
とくに腰の線が出ないようにロング丈のコートかジャケットを着用です。

下半身はロングスカートかロング丈のパンツ着用が基本です。
足首より上が見えるものはダメです。
この服装は外はもちろんホテル内でも同じです。
自室以外では以上の服装厳守です。
そして飛行機上空でも
イラン航空内では、同じ様にしなければいけません。

給油で立ち寄る北京上空時にアナウンスがあって、
女性のスカーフ着用が求められます。
帰国時も、北京まではスカーフをはずすことはできません。
このように前もってのイラン入国の注意を守っての旅行でした。

1980年から1988年の8年間、イラン・イラク戦争などがあり
危険を伴うかもなどとちょっと心配でもありました。
でも、今回は現地ガイド二人が付きっきりでお世話になりましたので
そんなに心細くはありませんでした。

1997年9月15日
自宅から大阪伊丹空港へ一人で成田まで行きました。
成田空港国際線出発ロビーで娘と落ち合いました。
成田空港出発で
搭乗手続きをして乗りました。

イラン航空801便(14:55発)、北京へ給油の為、寄ります。

この飛行時間で一番感心したのはパイロットの操縦の上手さです。
北京空港もテヘラン空港も離陸も降りる時も
えっ、もう地面に着いてるって!!!
すべるような静かさでびっくりした記憶があります。
多分、何度か飛行機に乗りましたが一番優れていた操縦でした。

エジプト旅行記7

7月12日、
ルクソールから国内線の飛行機でカイロに向って飛びました。
熱を出していた息子が旅行を中止しないで日本から
カイロ到着の時はどうなるかと心細かったが、
ナイル川クルージング中に熱も下がり
元気になってくれた!!!!

カイロのホテルは最初と同じラムセス・ヒルトンホテルでした。
ナイル川やカイロの町、遠くギザの方角がよく見える部屋でした。

カイロに再び戻ってからは市内見学などを一緒に回った。
カイロ市内見学
エジプト考古学博物館、モハメッド・アリ・モスク、カイロ最大のバザール、
ハン・ハリーリなどを巡ります。

エジプト考古学博物館入り口は機関銃を持った人が数人いて驚きました〜〜
警戒が厳重です。
ツタンカーメンの秘宝・黄金のマスクや古代エジプトの
膨大なコレクションを誇ります

博物館のメインはなんといってもツタンカーメンの秘宝
素晴らしかった!!!
ミイラも何体か保管されていた、ルクソール西岸の王家の谷で
初めてミイラを見て驚きましたが、この博物館には何体もあった。
博物館の内部にはカメラの持ち込み禁止になっていました。

息子はエジプト到着した時は熱があったので
ギザの3大ピラミッドやスィンクスは見てない(T_T)
現地ガイドに相談しました。
何とか少しでも見せてやりたいのでどうしたら良いかと・・・
するとタクシーを手配するから2人で行って下さいと〜〜〜
有りがたかった!!

午後からタクシーでギザへ向いました。
タクシーを待たせているので、ビラミッドの方までは行けなかったが、
スィンクスの近くで遠目に見えた。
音と光のショーやスィンクス・ビラミッドなど
ようやく息子が見ることが出来やっとホッとしました。


7月13日
日本へ帰国です。カイロ空港へ向った、歴史の宝庫エジプト
ナイル川を下りながら沢山の見どころ一杯でした!!!

7月14日
帰りもバンコクで給油の為立ち寄りました、成田空港へ無事到着後、
息子は文京区の社宅へ戻り、あくる日からの仕事に備えます。
私は国内線へ乗り換えて伊丹空港へ、
バス、電車、バスと乗り換えながら無事家へたどり着きました。


エジプト旅行から3年後の
1997年11月17日午前9時ごろ。
ルクソールのハトシェプスト女王葬祭殿にてイスラム過激派テログループが
外国人観光客約200名を待ち伏せし無差別に銃を乱射。
銃弾が尽きると刃物で次々と襲いかかり、
日本人10名を含む観光客61名とエジプト人警察官2名が死亡、
85名が負傷するというかつてない大惨事が起きた。
犯人グループ6名はバスを奪って逃走しようとしたが
警官隊によって全員射殺された。
事件直後の現場は目を覆うばかりの地獄絵図のような状態であったという。
当時、エジプトでは観光客を狙ったテロが続発していた。
首都カイロでも観光バスを狙った襲撃事件がありました。

いつの時代にも戦争やテロなど危険な状態があり
旅行も危険と背中合わせかもしれません・・・
限られたこの地球の中で世界中が平和な世の中になって欲しいと
何時も願っています。

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エジプト旅行記6

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7月11日
船はルクソール東岸の停泊しています。
ルクソール東岸からルクソール西岸へは両岸を渡る観光船で
行き来しました。
この日はルクソール西岸の王家の谷などの見学です。

船を下りてバスで
最初にメムノンの巨像と対面しました、なんと!!でっかい巨像です。
写真を撮ってから再びバスで
王家の谷へ
念願のツタンカーメンとご対面!
「王家の紋章」「ツタンカーメン」。
お墓なのに回廊が有って広〜〜〜い

写真撮影は禁止でした、見つかるとカメラを取り上げられるので
写せませんでした(T_T)

ミイラを覆っていた黄金のマスクは今カイロ考古学博物館にあるけれど
ツタンカーメンのミイラだけはここに残されているそうです。
写真で指を刺しているのが入り口の表示です。

その後ハトシェプスト女王葬祭殿いきました。
断崖絶壁を背景に建つハトシェプスト女王葬祭殿など見て回る
女王は古代エジプトの長い歴史の中で
ファラオの称号を持つの数少ない女性です。

2007年6月28日、先月のテレビニュースで
エジプト・ルクソール西岸の王家の谷にあるKV60号墓で発見されていた
女性のミイラが、エジプトを治めた女性のファラオの中でも
最もよく知られる
古代エジプト第18王朝5代目ファラオハトシェプスト女王で
あることが判明しました。
と、伝えていました。すごいです!!!!

エジプト旅行記5

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7月10日
ルクソール東岸
古代テーベの都だった!!!
この地域における最大の見所であるカルナック神殿
ルクソール東岸へ船が到着しました。
バスで
カルナック神殿とルクソール神殿へ
神殿廻りへ向います。

ルクソールの町をバスで走っている時の車窓から眺めていました。
馬車や歩いているのは男性ばかり・・・・
ハト料理のお店がかなり多かったなーと記憶しています。

カルナック神殿はとにかく大きくて広〜〜〜〜い。
きっとアスワンの石切り場から運ばれたのであろう沢山の石積みやオベリスク
すごいなーと感心する。
4000年前?もっと前かもしれませんが、遺跡がほとんど残っていて
ホント素晴らしかったです!!!

遺跡があんなに綺麗な状態で何年も残っているのは雨があまり降らないという
環境に恵まれていたからのようです。
でも、ナイル川周辺以外は砂漠の国〜〜〜暑い〜〜暑い
本当に暑い国です。

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