|
滋賀県高島市の妙楽寺本堂で「聖徳太子絵伝を絵解く」として
里帰り公開に出かけました。 同じ高島市の「近江聖人・中江藤樹記念館」へも寄りました。 湖北をドライブする時は「道の駅・藤樹の里」は時々立ち寄るのですが・・・・ 記念館は初めて入ってみました。 江戸時代初期の儒学者で日本陽明(ようめい)学の祖といわれた 中江藤樹(1608-48)の遺品を展示する記念館です。 第1展示室は安曇川の歴史と文化に関する資料が展示されています
第2展示室に近江聖人中江藤樹に関する資料や遺品が展示されています。 この中にも「中江藤樹先生絵伝」として
9歳の中江藤樹が祖父と米子へ旅立つ姿が描かれてました。 近江国で生まれ、祖父と米子へ移住しても、藩主の転封で伊予国大洲へ、 27歳で脱藩して近江国へ帰郷しました。 儒学者・中江藤樹
人を愛し敬う心を大切にし、母に孝養をつくして 「近江聖人」 と その徳望が慕われた江戸時代の儒学者です。 江戸時代初期に身分の隔てなく学問の素晴らしさを民衆に伝え広めた学者で 本当の学問とは知識ではなく、 この社会に実践してこそ価値のあるものだということを知っていた人でもありました。 主演・原田龍二さんの熱演で
「近江聖人中江藤樹」の映画にもなったようです、 残念ながら見てません(^_^;)機会があれば見たいと思っています。 |
滋賀県の観光
[ リスト | 詳細 ]
|
聖徳太子絵伝の解説や絵解きの続きです。
いつも、写真はとっても小さくするのですが
折角の素晴らしい絵伝を出来るだけ縮小したくなかったので2回に分けました。 全4幅共、絹の布地にとっても小さな短冊形に年齢などの説明や描写が鮮明に描かれてます。
妙楽寺の奥に太子堂があります。
太子堂は太子童形着衣像を祀り、両サイドは不動明王と毘沙門天です。 聖徳太子信仰を象徴するお堂です。 本尊の聖徳太子像は疱瘡治癒に霊験あらたかであるとして信仰されていました。 資料から
安曇川町中野区の聖徳太子絵伝とは? 聖徳太子絵伝は安曇川町中野区の太子堂に保存され、
住民が古来より守り受け継いできた絵巻物です。 聖徳太子の成長が年齢ごとに描かれ、信仰が語り継がれてきました。 全国的に見ても非常に貴重な文化財ですが、欠損が激しく傷みは進行しています。 現在は龍谷ミュージアムに保管されています。 本図の各事蹟には短冊形が付され、太子の年齢とその大概が記されています。 内容は『聖徳太子伝暦』に説かれる一般的な太子伝がほとんどですが、 第4幅の最後に太山寺創建の一場面を描いているのが特徴です。 なお、聖徳太子絵伝を伝えてきた太子堂は、天台宗の太山寺(廃寺)を前身とし、 堂内に太子童形着衣像を祀り、本図とともに善光寺如来絵伝 全4幅と太子孝養像1幅も伝えています。 ( 龍谷大学 龍谷ミュージアムより) |
|
昨日、(2月12日)「聖徳太子絵伝を絵解く」として里帰り公開されました。
絵伝の解説や絵解き、そして太子堂の見学など興味がわきましたので、出かけて来ました。 講師は龍谷大学の教授 石川 知彦 氏アシスタント村松 加奈子 氏でした。
我が家から約1時間半ほどかかる湖北の高島市です。
高島市内に入った頃はまだ雪は畑などに少し見える位でしたが 会場の妙楽寺あたりは道路の雪は取り除かれてましたが一面雪景色でした。!! 「聖徳太子絵伝」は
安曇川流域の中野集落に暮らす人たちが大切に受け継いでましたが 現在、地域の方は殆ど見た事がないそうで、龍谷ミュージアムで大切に保存されている。 全部で4幅あります。
画像が大きすぎて・・・・・次回へ続きます
|
|
今日、滋賀県高島市の妙楽寺本堂で里帰り公開されます
「聖徳太子絵伝を絵解く」として龍谷大学の教授が講師です。
絵伝の解説や絵解き、そして太子堂の見学など興味がわきましたので、今から出かけます。 湖北なんでちょっと雪が心配なんですが・・・・・
|
|
滋賀県が大地の遺産活用事業として時々講座を開いています。
今日は「戦国・武士と姫達の遺跡」と題した講座でしたので 午後から出かけて来ました。 定員200人だったそうで
丁度、昨年の大河ドラマ「江・浅井三姉妹」の影響もあって 皆さん興味を持っておられる方達の多くの受講生に驚きでした。 13時30分から16時40分まで
4人の講師達の話を興味を持って聞きました。 次回は
2月18日(土)東近江市埋蔵文化センター
講座 縄文人の祈りと造形
石から探る縄文時代
2月25日(土)米原市伊吹文化資料館
講座 墓から考える縄文の村
だそうです
|



