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先週、所用で関内まで行って来ました。 久しぶりに横浜線、京浜東北線に乗りましたが、 関内駅は2年ぶりでしょうか、ホームドアが出来ていたのには時代を感じましたね。 何度か書いておりますが、20数年前のサラリーマン時代は関内まで電車で通っておりました。 昔は関内駅に平然とEF15のタキが通ったりしましたが、完全非鉄時代ゆえ ただ眺めているだけでした。 所用を済ませ関内から何気に車窓を眺めていると かつての東横線の反町駅の駅の跡が目に入って来ました。 自然と「まだ残ってんだ…」と呟いてしまいましたが 地下化されてもう何年たつんでしょうか。。。 一部横浜駅よりは解体作業が始まろうとしていましたが まだホームは健在です。 何故か東横線の蒼ガエルの車窓から横浜市電の姿を見た 小学生の頃の記憶が急に蘇って来てしまいました。 青ガエルの写真も横浜市田の写真も残っていませんが。。。 1980年頃 反町駅で .
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稀に私鉄
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越後線の115系もかなり注目を浴びているようで、 何気に新潟交通ってどうなったのかとネットで調べてみると 1999年4月に鉄道部門は廃止されていたんですね。 その昔訪れたカットです。 主にこの2枚窓の車両が走っておりました。 新潟交通の東関屋にあった車庫。 1990年代は小田急2200系も譲渡され走っていたと聞いてさらにビックリ。 併用軌道のカットや荷電、除雪車も撮った記憶があり、 ポジもスキャンしたはずなんですが画像消失していたためモノクロだけでご容赦下さい。 スリーブの順序からすると、午前中に新潟交通を訪れ、午後は蒲原に向かったようです。 こちらはその蒲原鉄道。多分七沢付近だと思います。 .
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30数年前の訪問をネガから辿ってみると加茂駅から蒲原鉄道に乗って 狭口駅で降りてあてもなく歩いて付近で2本ほど走行写真を撮って 七谷駅に辿り着いたと想像出来ます。 1982年9月 夕闇が迫り辺りが暗くなり始めた頃、駅の構内の白熱灯に灯が入りました。 右奥が駅本屋で、独特の背の低いホームの屋根が印象的。 交換列車が近づき、その灯がレールを浮かび上げてくれました。 周りは真っ暗だったはずなのに、帰ってから現像のあがったKRのポジは中途半端に空が明るくて 撮ったときのイメージとの相違があり過ぎ。 「ダメだこりゃ。。。」と感じておりましたが デジならまた味わいの写真になったと思います。 当時、車で来たわけでもないので 日中、駅で写真を撮ったあと、たぶん駅の方にお世話になったと思うのですが 全然記憶が残っておりません(汗 すみません。。。 記憶に残っているのは村松の街の灯りと五泉で乗り換えた磐越西線のDD51牽引の雑客でした。 .
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蒲原交通、七谷駅。 写真を見る限り交換設備にある駅のようでした。 1982年9月頃 走りも撮っているのですがイマイチ、まだ駅撮りの方がマシでした(汗 .
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かつて信越線加茂駅と磐越西線五泉駅を結んでいた蒲原鉄道。 途中、村松駅という比較的人の住んでいる町があって距離の短い村松−五泉は 運転本数が多かったと記憶しています。 加茂−村松は蒲原鉄道に中でも距離も長く風光明媚なところを単行の電車が走っていましたが、 大学の先輩からその加茂−村松が先に廃止されるらしいと聞きつけ当時撮影に訪れました。 1982年9月頃 狭口 同 時間が止まったような無人駅。 鉄道の原点を再認識したような気がしました。 .
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