内容(「BOOK」データベースより) 過剰なまでの言葉の噴出、めくるめく知識の奔流「攻殻機動隊」「Avalon」の監督押井守が仕掛ける華麗でペダンティックな修辞の罠―。君はこの知的挑発に耐えられるか。押井守の自伝的小説、ついに登場。 内容(「MARC」データベースより) 1969年夏、学生労働者のデモに参加していた三輪零は、殺人現場を目撃。犯人は日本刀を携えたセーラー服の少女・音無小夜。小夜の周りでおきた連続殺人事件を知った零の通う高校に小夜が転校してくる。小夜の狙いは…。 極個人的評価★★★★★★★★☆☆(全十星中八) かなり楽しめた。 以下ネタバレあり。 パトレイバーとかイノセンスなどで有名なアニメ監督、押井守の映画ノベライゼーション……ではなくて、まあ補足的な小説。外伝、というべきなのかも知れないけど、それが適当かどうか。 上の内容だとかそういうの見たらわかるけど、BLOOD THE LAST VAMPIREっつーアニメ映画の世界の語られていないところを描いている訳だが、果たしてそれでもその作品の全容を語っているのかどうかというと疑問が残る。 むしろこの話は、押井監督が監督した場合にこうなった――と考えた方がしっくりくるのだ。 とにかく八十年代から九十年代を通して押井作品に啓蒙されたり迷わされたりしていた身であるからして、作品を読むとそこがアニメではどういう風な絵でどういう演出でどういうキャラが喋っているのかというのが脳内でなんとなく解るのである。特に主人公?の丸輪零というキャラクターについては同氏原作の西武新宿戦線異状なしに同様のキャラが登場することからもヴィジュアルで想像しやすかったし、刑事の後藤田一もパトレイバーや迷宮物件などですでに登場している“事件の俯瞰者”とも呼ぶべき系譜にあるキャラクターで、名前からして後藤喜一に似ていることもあって、だいたいこういう感じというのがわかった。 キャラの登場の仕方だとか焼肉食っているところだとか、知識を披露していく様子だとか――典型的な押井作品だ。 もっといえば、押井アニメを小説にしたらこうなる、というべきなのかも知れない。当人が書いているのだから当たり前といえばそうなのだが、もっとうがった見方をしたのなら、こうなることが解っていたから自らは監修という立場に甘んじたのではないのか。 Avalonを見たときから思っていたのだが、押井作品はもはや閉塞している感がある。 同様の展開、同様の演出……題材などが違っていたとしても、それはどこか既視感さえ呼び起こさせるものしかつくれてないのではないか。 その打破としてのBLOOD THE LAST VAMPIREなどの若手に任せての製作ではないか――。 まあ、そういう批評家気取りの憶測はさておいて、内容についていうのなら本のあらすじは信用できないという一事に尽きるかも(えー いやその、上に貼ったのって、確かにこの物語の概要といえばそうなんだけど、語られていることはそういうのはおおよそ関係あるのかないのかというようなぺダントリックな薀蓄ばかり。果たしてそれらがどこまで正しいのかもわかんない身としては、ただ黙ってよけほかはなくて。 最初からこのハナシを押井作品として割り切っていた私ならむしろ楽しめるのだろうけど、小夜という少女の人外相手のブレードアクションとか期待していた人は、まず確実に辛いです。 いやまあ、いつもの押井作品だといえばそうなんだけどさ。 あえて批判的にいうのなら、押井作品がヘダントリィになるのは、どうしても荒唐無稽な物語に徹するということができないからだとは思う。作品全体にどこか筋が通った――ように見える「何か」がなければ落ち着かないのではないか。 そしてそれのために、知識とか修辞だかで埋め尽くしているのではないのか。 いわば中身のいい加減さを覆い隠すための外骨格としての知識が必要とされていて、その結果としてああなっているのだろうと。 ……書いてても何が楽しいやら。
いや、押井作品好きなら面白いと思いますので。 |
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