流星通信Blog

趣味人・我乱堂の放談三昧

全体表示

[ リスト ]

 印象だけしか残ってないが、このH田氏は随分とシニカルな口調でファンページなんかでコメントしていたように思う。何処か斜に構えたかのようなものの言い方をしていた。
 果たしてH田氏が花丸を創刊するに当たってどの程度の意思決定能力があったのかは外部からでは窺い知れなかったが、氏が編集している花丸に対し、当時高校生だった私は何かを期待した。その何かが具体的にどういうものであったのかということは自分でもよく解らなかったけれど。
 思い返すと、花丸の増刊時代は様々な作品が掲載されていた。作者が上述の写真を見るまで思い出せてなかったのだが、古代日本を舞台にしたと思しき和製ファンタジーやら(表紙から判断すると安芸一穂の作品らしい)、小説家の女性が自作品で散々痛めつけた男と作中の林檎の精の役目になって出会い、恋愛するというようなちょっと不思議な恋愛小説もあった(イラストは坂田靖子だった気がするから、多分、岡田貴久子の作品だと思うのだけど違うかもしれない)。そういえば北原尚彦もスペースオペラを書いていたし、後にパナ・インサの冒険を書き「金の海 銀の大地」のイラストを書いた飯田晴子がデビューしたのも花丸誌上でのSF短編漫画であったように記憶している(創刊号ではなくて三号目くらいだったかと記憶していたのだけど、表紙を見ると創刊号だった。いい加減だ)。花丸ノベルズをAmazonで検索して初期のラインナップを眺めてみると、なかなかに意外な名前がでてきて驚く。勿論、意外というのは現状から見て、という意味でだが。
 流星香、伊吹巡、妹尾ゆふ子、野梨原花南、高瀬理恵……。
 ざっと見ただけで、他レーベルでも名前を知っている人物が結構いた。どうにも花丸創刊からなる花丸ノベルズの前に白泉社ノベルズというのがあって、そこでデビューした人とかもいるようだ。この辺りの扱いは花丸を白泉社ノベルズと呼んでたりで混乱がある……というよりも、あんまり区別がされてなかったのかも知れない。一応は初期花丸ノベルズの作品目録を見ると、霜島ケイなんかも書いてたらしい。他にも大陸書房で書いてた人を引っ張ってきてたりで、かなり広範なところから人を集めていたようだ。
 恐らく、でいうまでもあるまいが、小説花丸は白泉社ノベルズを定期刊行するための雑誌媒体として生み出されたのである。実際に婦警さんはスーパーギャルなどが連載されていた訳だし。雑誌もその路線で――つまり、当時流行っていた富士見や角川、コバルトに準ずるライトノベル路線でいく予定だったのだろうとは、容易に推測できることだ。対談に出ていた氷室冴子や夢枕獏にしてからもそうである。この二人の名前は現在の花丸の読者にとってはキャッチーではない。上記の表紙キャッチコピーの「活字新世代のための新しい小説雑誌」という言葉や、H田氏のいう「イラストに負けない小説」ということも考え合わせると、この推測はそう間違ってもいないと思う。
 当時の私がそういうことを気付いていたのかは疑問であるが、前述したように私はこの雑誌が何を作り出すのかを期待していた。恐らくは「活字新世代のための新しい小説雑誌」という表紙のキャッチコピーを真に受けて、すでにライトノベル業界の中で磐石の地位を築きつつある角川スニーカーや富士見ファンタジアらに対する(当時の私はライトノベルという言葉を知らなかったけど)新しい波が生じるのを期待していたのではないか。いや、波が来るのだと恐らく確信していたのである。それは「イラストに負けない小説」なるH田氏の言から得た、あんまり根拠のない確信だった。そしてその波の創成期を目撃した歴史の証人の一人になりたいと望んでいた……のだろう。多分。高校時代の私は、その程度にはオタク気質に無意味な虚栄心を持ち合わせていた。
 そして、それは花丸の新人賞の投稿規程などを読んでなおさら助長されていたはずである。
 花丸の新人賞の規定は――記憶に頼るなら――原稿用紙二十五枚以上無制限であったのだから。
 しかもフロッピーディスクにまとめての投稿もありという大盤振る舞いである。
 ここまでゆるゆるな制限の小説の新人賞というのは今時そうそうない。当の花丸でさえもそのままではないはずである(と思ったけど、サイトを見たら今の規定でも上限はなかった……恐ろしい)。何せ理屈の上では書き溜めた大長編を送ってもいいわけで、編集の人はさぞ苦労するだろうとは思ったが、これは高校生であるわたしにとってもチャンスだった。何せ原稿用紙二十五枚以上でいいというのは短編でもオッケーということであるからだ。当時ワープロなんぞ持っていなかった私にとっては、いちいち修正などをしないといけないことを考えると手書きでは長編は完成させる前に気力が尽きるばかりで、しかし数少ない新人賞では長編しかなく(富士見と電撃は……当時はまだでてなかったかな。あとはコバルトとかだけど不覚にも視野の外だった)、それらに比べれば遥かに容易にプロへの道が開かれたと思えたのだから。その上に創刊号のラインナップの節操のなさというか多様さからも、より自由度の高い作品の受け入れがされるように思えるのだ。
 結局――
 私は、新人賞に出すことはなかった。
 今ほどにもない技倆では、満足にいく作品を書き上げられなかったのである。
 そして、私は花丸の続刊を買い、新人たちのデビューを見ることになるのであるが。
 今はどうか知らないのだが、当時の花丸は編集だの下読みさん?だのによるクロスレビューなどで評価されていたように記憶している。一次選考とかはさすがに下読みさんがしていたと思うのだけど、十かそこいらになった作品をめいめいに適当に評していた。と思う。印象に残っているのは三つだけで、もしかしたらその三つだけしか出てなかったのかも知れないのだが。
 その三つというのがどういうものかというと、一つは何か少女の一人称のSFアクションであった。超能力に目覚めた女の子が敵と戦うという話で、その第一章にあたる話だと思うが、最初の空港か何処かの部分が花丸で掲載されていた。内容も朧だしタイトルすら覚えてないのだが、やたらと“――”が多い文章であったという印象がある。それに硬質な感触もあった。当然の話だが、今の花丸では到底載らないような話である。
 もう一つはやはりSFというかファンタジーで、幾つもの世界の中のファンタジー世界の話で、竜と女の子が関わる話だったと記憶している。この話についてはもうちょっと記憶が残ってもいいはずなのだが、どうしてか覚えていない。これもプロローグに当たる部分だけが掲載されていたと思う。
 そして最後の一つは掲載さえされてなかった(と思うのだ)が、二千枚だか五千枚だかのやたらと莫大な量の架空中国戦記ものであったらしい。上限なしということなのまだからそういうこともあるとは思っていたのだが、本当に本気でそういうものを送りつける人がいたとは……と呆れたように記憶している。というか、そういう千枚以上の投稿という程度にしか覚えていないのだけれど。
 そんなこんなで、新人も集まりだし、連載作品も進み、花丸はまずまずのスタートを切った。
 切ったように、思った。

閉じる コメント(0)

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事