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前回の記事からもう五年たつ http://blogs.yahoo.co.jp/sagaminoriaki/2281609.html
その後、あれこれとまた色んなことが解ってきたので、前記事のコメントなどについて触れながら覚書程度にメモしておく。
前の記事で、
その頃から武術に対して興味を抱き始めたというのもあるが、初めて「バリツ」について言及していた本には、「バートンという人物がはじめた柔術の梃子の原理を使った投げ技とボクシングの打撃を合わせた“まったく新しい護身術”である」とのようなことが書いてあった。いや、これは正確には "bartitsu"であり、ホームズが使っていた"baritsu"のことではない。まあ、この誤記なのではないかと書かれていたけれども。
本のタイトルも覚えていないが、このときに読んだそれはシャーロキアンの本であり、バートン氏が学んだ流派については言及されてなかった。ただ、その時にのっていた本の中で、バートン氏が黒い胴着を着ていて、棒を手にしていたように私のおぼろげな記憶には残っていた。 と書いたけれども、ツイッターでhttp://twitter.com/Molice/status/10518610095112192
なお、バートン流柔術についての記述があったのは、ちくま文庫の『われらロンドン・シャーロッキアン』ではないでしょうか。
とのご指摘を戴いた。このタイトルには覚えがあるので、多分、これであっている。
この後のツイートで、古武道史を研究なされている方http://twitter.com/inuchochinから色々と教えていただいたので、許可をもらった上でこれらを備忘録として貼り付けてみる。
神伝不動流と同系統の神伝実用流が宮城県に現存している(いた?)ようです。すくなくとも昨年までは宮城県古武道協会に加盟していました。マブニ先生の神伝不動流は矢田判官が開祖になっていますが、他の神伝実用(不動)流の開祖は根来独心斎です。
「神伝実用流」で検索してみると、確かに宮城県古武道協会http://salix48.web.fc2.com/miyagi.htmlに神伝実用流の記載がある…が、休会中って……。
ちなみに神伝実用流(不動流)は神戸等もですが、幕末の伝承地は滋賀県だったようです。宮城に伝わったのも、仙台藩の飛び地が滋賀県にあったからでは?と思っています。明治の井伊家の収蔵物の中に仙台藩系の流派の伝書がいくつかある事からの予測です。
なるほど。そういう経緯で宮城と滋賀に伝承があると。説得力のある考察です。
ところで同系統といっても、大東流は各派によって風格が違いますし、どの程度似ているのでしょうか。
ちなみに、伝書で比較した範囲では、神伝実用流と矢田の神伝不動流は極意までほとんど同じです(笑
えー……。
話戻して、矢田系神伝不動流はたぶん矢田さんが元の神伝不動流の伝承から変えたんだと思います。根来の神伝不動(実用)流は長崎県で伝承されている真妙流と傳系が途中まで同じで、中興祖が神伝不動流と名乗った、とされてて、宮城系と滋賀系は伝承者が結構前に分かれていますが内容はほぼ一緒です。
ああ、なるほど…この「話戻して」とあるのは、
初見先生の所は高松先生が元の流派から変えてたり、流派作ったりしちゃってますから…さらに初見先生が変えてるし(笑 @SagamiNoriaki 海外でバリツ再現している人が初見氏の系の不動流の同じ名前の技をかけてもらったけど、ほぼ同じだったというから、ごにょごにょと
流派の伝系捏造についてのpostからだけど、そもそもの摩文仁先生に伝わる前から捏造されてたとかさあ。
穏棲斎先生ェ…。
前回の記事のコメントで
はじめまして、ちょっと調べ物をしていてこちらを見つけました。
その神伝不動流の伝系に戸田という苗字の人はいますでしょうか? 最後の上野貢という人は昭和の人ですよね? この人の次の継承者はわかりますか? 質問ばかりですみません。 2010/11/25(木) 午後 1:38 [ 武蔵野 ] はじめまして。神伝不動流で戸田姓…というと、戸田真竜軒先生に関する話でしょうな…上の記事の伝系は武芸流派大事典の写しですので、それ以上の詳細はありません。
上野先生の後を継いだのは神長成佳師範です。 神伝不動流に関しての詳細は、BABジャパンの秘伝1999年の四月から六月号まで三回の記事があったことが確認できます。2000年からしばらく買ってないので、以降は不明ですが。とりあえずこの三冊を何処かで確認されるといいと思います。 2010/11/26(金) 午前 7:37 [ 佐上典明 ] とやりとりをしましたが、この秘伝で発表された記事についてもこの人はご存知で、
神永さんが伝承しているかどうかは別として、神永さんが秘伝で発表した目録内容は滋賀や宮城で伝承されていた神伝不動(実用)流の目録とほとんど一緒です。(原文ママ)
とりあえず、摩文仁―上野―神長と伝わった伝系は滋賀、宮城に伝わっていた神伝不動流とほぼ同じか、少なくともかなり近いというのは確かなようです。 その後のコメント欄の書き込みに、
神伝不動流を学んでいるわけではないですが、流派の近縁の者です。
神長氏は上野氏の弟子ですから、きっと同流は学んだのでしょうが、継承者と言える立場ではありませんし、武芸流派大事典自体が版によっては神長氏が情報源となっている場合もありますので、あまり信用なさらないで下さい。 摩文仁氏は上野氏と交流は深く、両者は相互教授の関係にはありますが、摩文仁氏は空手家ですので、同流を上野氏から教わることはあってもその逆はないでしょう。 また、初見氏は上野氏の弟弟子であり、当初は上野氏の弟子だった時期もありますが、高松氏から神伝不動流を学んでいます。 ちなみに、高松氏の流れとは全く別の流れで、同名称の流派を継承されている川上氏もいますが、たまたま名称は同じだが、技は別物らしいです。 但し、同流の初期の継承者には被る部分もあるようです。 複雑ですので、同流の伝系についてはあまり気にされない方が良いでしょう。 2010/12/2(木) 午後 8:38 [ K ]
とありまして、まあ神長先生も毀誉褒貶激しい人のようで…武芸流派大事典の記載に関しては、1999年秘伝四月号にはっきりと神長先生から資料が提供されたとありますが、
維新ごろには京都で草莽矢田隊を、子の
隆男と共に組織し、大和十津川等に武芸指南した。維新後は久留米・岡山・ 十津川等の保守派・不平党と結んで旧公卿をかつぎ、薩長藩閥政府の転覆を 計画したが、明治四年三月発覚。捕われて終身禁獄になった。時に五十歳。 その当時の変名は国野一郎といっていた。 という後半の詳細については、綿谷氏が独自に調べたことのようです。
それと、最初に書きこんだコメント欄では戸田という人について質問されているけど、恐らくは初見先生の師匠の高松先生(同時に上野先生の師匠でもある)の師にあたる戸田真竜軒先生に関するものとあたりをつけてましたが、そのとおりでした。
江戸時代も明治以降も滋賀から大阪に出る人は多かったですから、戸田さんは実在すれば伝承どおり神戸あたりの人じゃないでしょうか?たしかバーティスの人もその辺で習ったのでは?徳島の流派も結構大阪に出てきてますよ。 @SagamiNoriaki 件の戸田真竜軒先生も実在しているのならば
そしてKさんがコメントしておられる、摩文仁先生から上野先生への伝系についての疑義ですが、
なので大阪にいたマブニ先生が神伝不動流に触れる機会があっても全然おかしくないと思います。例の拳法○カ条?も神伝不動流に良く似たものがあったと思いますが今確認できません。RT @SagamiNoriaki バートン氏の同期によると「神戸で寺島くにいちろう氏に神伝不動流を習った」のだ
これについては私も前記事のコメントで、
摩文仁氏が古流柔術を研究、習得されていたことについては、秘伝誌上で不遷流、不動流なども習得されていたと小西師範の著書にあると紹介され、昭和17年の「糸東流拳法空手道 目録之巻」の「拳法の大事」は神長氏が伝授された「神伝不動流拳法 極意之巻」と注意書きまで全く同じ…
と書き込んだ。少なくとも昭和17年には、摩文仁先生は不動流についてかなり習得していたらしい。上野先生との付き合いがいつ頃かは解らないのだけども。
ただ、空手家が柔術を学ぶことは、
大阪でも上島先生が今眞流柔術と空手から空真流空手を作ってますし、東京でも小西先生、清水先生、大塚先生、有名所の人はみんな柔術師範です。
とのことで、摩文仁先生は小西先生と交流が盛んだったようで、柔術だけを別に教えることもありえたと思えます。とはいえ、ここら柔術を習った空手家はいっぱいいても、その空手家が柔術を教えるというのをありえるのか、という疑問も無理からぬことではあります。
なお、有名な空手家で柔術を習得していたというと、大山倍達先生が大東流の教授代理の吉田幸太郎先生に学んでいますが、こちらも大東流の柔術を弟子に教えたという話はありませんね。大山先生の死後すぐに出た弟子の誰かの著書には、棒術と投げ、関節技を中心とした極真館護身術を教えようとしたけど、生徒が集まらずに企画倒れになったということがかかれてた記憶がありますけど、調べてもでてこないし、もう十七年以上前の記憶なのであてにならない……。
そんなこんなでまとめてみましたが、バーティツの基になったであろう神伝不動流は、矢田氏で伝承されていたというのはどうも怪しくて、少なくとも技法名や極意など、伝書で確認できる範囲では滋賀県や宮城県で伝承されていた根来独心斎を開祖とする不動(実用)流と同一のものであると。
この神伝不動流は、長崎伝承の真妙流と途中まで伝書の上での伝系は同じであることから、元々は同系統の流派だったことが伺えるようです。
なお、神伝実用流は武芸流派大事典には記載がありませんでした。真妙流は名前と柔術であるとだけかろうじて書かれています。そろそろ誰かがこの本の再改訂版出さないといけない時期だと思える……。
宮城県の神伝実用流は現在休会中のようですが、検索すると、
伴家忍之伝研修所
で滋賀に残っていた神伝不動流を伝承、教授しておられるようです。
矢田穏棲斎先生が不動流から分かれたのは(分かたれたとすれば)少なくとも幕末で、さらにバートン氏が習ったのはその弟子ですから、伝書の内容が同じでも術技内容はかなり異なる可能性はあります。
ただ、ここは海外にも支部があるようなので、海外のバーティツ研究家の人にとって、かなり参考になるのではないかと思う次第。
しかしここの不動流も甲賀忍者に伝承されているとは……初見先生もそうだけど、つくづく忍者と縁のある流派だなあ(苦笑)
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