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大仏鉄道は、今から100年以上前に、関西鉄道の加茂と奈良を結んでいた路線の愛称です。
しかし、この大仏鉄道は、明治31年(1898年)4月に開業の後、
別路線の開業の為、わずか9年後の明治40年(1907年)11月に廃止になっています。
このように営業期間が短いので「幻の大仏鉄道」と言われています。
この路線跡を、2月7日にブロ友のkazagasiraさんと回って来たので
2回に分けて紹介したいと思いますが、
つづけて2回目も書いてしまいましょう!
ちなみに1回目の記事はこちらになります。
尚、大仏線は起点の駅が加茂駅なので加茂駅からの紹介になりますが、
実際は奈良側から行ったので、写真により逆向きがありますが、ご了承を^^。
まずは、またこの地図をご覧下さい。
戦前の時刻表地図です。
木津駅の右隣に加茂駅があります。
この加茂駅から奈良駅までの路線でしたが、
木津経由の路線が出来たため廃止となりました。
これはパンフレットの地図です。
昨日に引き続き、このパンフレットに沿って行きましょう!
何とも頼りない説明ですね(笑)
軌道の雰囲気はこんな感じでしょうか^^。
確かに雰囲気はありますね!!
手間と費用がかかっていそうです。
これを見るだけでも、当時の意気込みが感じられそうです。
ところで、
実は、付近の水路はこんなんでした!!
内部は煉瓦積みです。
このような突起部もあります。
まさか、装飾??
ここで古い写真をご覧ください。
加茂方向を見ていますが、一番手前の車の下辺りに
この鹿川隧道があります。
このようなトンネルがありました。
関西鉄道の社章が付けられていたんですね!!
道路拡張の為、トンネル&山は崩され、切通になっています。
ここはまったく雰囲気は味わえません。
道路を跨ぐ橋は黒髪橋です。
あの橋に行ってみましょう!
この橋、高くて怖いです(><)
高所恐怖症の二人は、へっぴり腰です^^; こちらは、奈良方向です。
こちらは、加茂方向。
ここも当時を偲べる物は何も残って無かったです。
上の記念公園の横を流れている川です。
拡大してみましょう!
これは橋脚の一部、基底部と言うそうです。
比較的最近、発見されたものです。
この橋を渡って奈良駅まで線路がありました。
この道路辺りに、線路が敷かれていたそうです。
そして、奈良駅に到着です。
以上、大仏鉄道跡の紹介でした。
京都府側は、比較的遺構や雰囲気を含め残っている所が多かったですが、
奈良側は開発が進み、雰囲気はほとんど感じられませんでした。
最後の橋脚の基底部発見で、本当にこの辺りに大仏鉄道は走って
いたんだと思える位でした。
しかし、100年前に廃線になった路線にしては、遺構がたくさん残っているので
なかなか面白い探索でしたね。 |
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早起きさん、おはようございます。
ここは100年前に廃線なのに残りすぎですね。
でも探しやすくて面白かったです。
でも私的には、吉野神宮駅からの引き込み線を探した時の方が、見つけた感動がありましたね!!
2016/2/19(金) 午前 8:28
LUNさん、おはようございます。
長靴を履いていれば行けます。が先はどこかの会社の敷地でフェンスが見えました。くぐれても上がれなさそうです。
100年前の遺構を見るだけでも値打ちがありそうですね!
2016/2/19(金) 午前 8:34
前回も感じたのですが、煉瓦工法の技術はすごいものがありますね。
どうやって作り上げたのか、作業現場を見てみたいものです。
橋脚まで撤去するとは、これもすごい。
2016/2/19(金) 午前 8:49
おもろい温泉、ええ温泉さん、こんにちは。
この辺りはたぶん野山だった辺りを開発したと思います。
その時に何か鉱泉の当たったのかも・・・。
とりあえず、赤茶けさはかなりの物だと思いますよ!!
2016/2/19(金) 午後 4:50
七夜月さん、こんにちは。
社章の付いたトンネルは他にもありますが、2個も付いてるのは珍しいと思います。
それに色違いの煉瓦は固そうで品質もよさそうに見えましたよ。
私は立派な高所恐怖症です。屋根でぎりぎりOK位でしょうか。
なので、谷瀬の吊り橋なんか、ぜっ〜〜〜たいに渡れません(笑)
2016/2/19(金) 午後 4:54
Courrier_Convoyeurさん、こんにちは。
ドリームランドのあった辺りは、確かに高い場所ですからね。
蒸気機関車では厳しかったのも、短命理由の一つでしょうね。
黒髪山を越えれば、あとは平坦に思えるのですが・・・。
最初は、距離の短さを優先したのでしょうね!!
2016/2/19(金) 午後 4:56
稲口町さん、こんにちは。
100年前の遺構とは思えないほど立派なのが残っていました。
これは凄い事だと思います。
機会があれば、ぜひ散策を!!
2016/2/19(金) 午後 4:57
フリードッグさん、こんにちは。
100年前と言えば大した重機も道具も無かったと思います。
そう考えれば施工の技術は凄いと思います。
見応えありでしたよ!!
2016/2/19(金) 午後 4:59
100年前に廃線なんて、凄いですね。よくぞ残っていましたね。
レンガは味わいがあって好きです。
2016/2/19(金) 午後 5:21
こんにちは。僕の家の近所まで、なおさんが探検に来られていたのに驚きましたよ。地元なのにじっくり見たことが無かったことを恥じております。
2016/2/19(金) 午後 5:44 [ みち ]
隧道の中を覗く勇気恐れ入りました\(^o\) (/o^)/で
・・・でお一人で覗いたんじゃないですよね・・・わたしじゃ絶体無理です(ー'‘ー;)隧道に背を向けるだけでも鳥肌が立ってしまします。でもちょっと覗きたい・・・
ナイス!です。
2016/2/19(金) 午後 7:40
名前だけは聞いた事がありますが、実際に走っていたんですね。
100年前に思いを馳せての廃線巡り、遺構も見つかると楽しさも倍増でしょう
2016/2/19(金) 午後 8:28
ねこパパさん、こんばんは。
奈良市の中心に近づくほど遺構は少なくなっていましたが、全体的にはよく残っているほうでしょうね。
あの小さな煉瓦を積んでいるのが凄いですね!!
2016/2/19(金) 午後 9:41
みちさん、こんばんは。
この廃路線の近くにお住まいでしたか!!
それなら一度じっくり見学して下さい。
なかなか凄いと思いますよ。
100年前の技術に感動です^^。
2016/2/19(金) 午後 9:44
ねこじゃらし・Kさん、こんばんは。
この程度の隧道なら全然怖くないですよ!
コウモリも棲んでいないし(笑)
なかなか立派な隧道や遺構でした。
今度は歩いて回らないとね!!
ナイス☆ありがとうございます。
2016/2/19(金) 午後 9:47
はなゴンさん、こんばんは。
この跡を見れば走っていたはずですが、列車の写真は見た事ありません。
ぜひ見たいものですね。
100年前とは思えない立派な遺構でしたよ!!
2016/2/19(金) 午後 9:51
こんばんは〜(^^♪

本当に線路があったのか疑いたくなるような跡ですね(笑)
でも地図もありますからホントなんでしょうね〜
不思議な路線です
でも 地図は好きですよ〜(^^)
地図を見ると楽しいですから・・・(笑)
nice
2016/2/19(金) 午後 9:58
二回目です。いつも奈良の話題、楽しく読ませてもらっています。自分は、まさに大仏駅があった付近がまさに地元なのです。大仏鉄道公園は消防署跡地でたまたま空き地だったので公園にしただけで、川に近すぎるので、大仏駅はもう少し北、おそらく一条通のあたりに存在したと思っています。事実、自分が小学校のとき、一条通の角の派出所があったあたりで下水工事をやっているときレンガ積の遺構が出てきたことを鮮明に覚えています。そのときレンガのかけらを持って帰ったはずです。今はどこにあるかわかりませんが・・・
2016/2/20(土) 午前 1:56 [ おおくま ]
ピンクの桜さん、おはようございます。
そうなんですよ。
今は分かり難いですが、実際に走っていたのですから驚きですよね!地図を見ながらの散策は楽しいですね。
また線路跡があれば、散策したいです!
ナイス☆ありがとうございます。
2016/2/20(土) 午前 4:22
おおくまさん、おはようございます。
確かに消防署跡の説明がありました!
それに駅があったにしては不自然な場所だと思っていました。
その遺構が出たあたりは、今はどうなっているのでしょう?
何らかの跡と言う事で、紹介したら良いと思うのですが・・・。
2016/2/20(土) 午前 4:25