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和歌山県御坊市にある紀州鉄道を、何回かに分けて紹介しています。
今回は3回目となります。
ちなみに1回目はこちらを、
2回目はこちらをご覧ください。
今回は廃線区間の紹介となります。
車止めのある場所は、前回たどり着いた西御坊駅です。
車止めから、こちらにも線路が延びていますね。
振り返って見ると、線路が続いています。
この先には日高川駅がありました。
では、日高川駅があった方に進みましょう!
すぐに小さい川がありますが、鉄橋は撤去されています。
西御坊駅方面を振り返って
進みます。
進みます。
振り返って。
この辺りは比較的良好に線路が残っています。
この区間が廃止になったのは、1989年平成元年でした。
今から28年前です。
振り返って、カーブが良い感じ!
進みます。
この辺りは、木が生い茂り、迂回です。
上の写真の先の方で振り返ります。
この辺りは線路が一番分かり難い場所ですね。
進みます。
上の写真の先はまた線路が綺麗に残っています。
進みます。
振り返ります。
上の写真の場所から日高川駅方向を見ます。
もうこの先が駅跡です。
ここで、このような物が残っていました!!
何か分かりますか??
西御坊駅方面 日高川駅方面
これは信号機〜腕木式信号機の残骸ですね。
腕木が付く方向から見て、日高川駅への進入用の信号機でしょうか??
小さく信号機が写っていますね。
踏切警報機の残骸もありました。
向こうが西御坊駅方向。
上の写真を撮影した同じ場所から信号機を望遠で。
上の写真を撮った辺りから日高川駅方向を見ます。
この辺りはもう日高川駅構内になるのでしょうか?
まず1個目のポイントが現れました。
上の写真から少し進むと線路が2本に、
そして左の線路の先にまたポイントあるのが分かりますね。
2個目のポイントです。
このポイントの先は、線路が3本あった事になります。
ここでまた津島軽便堂写真館からお借りした写真をご覧ください。
貨車の姿はありませんが、まだ貨物を扱っていた頃の写真になります。
線路を跨ぐように建つ建物は、木材チップ積込用の設備だと思います。
1972年昭和47年の撮影だそうです。 この橋の残骸で日高川駅は線路が3本あったのが分かりますね。
ポイント2個あったので、納得です。
終点日高川駅跡です。
左右のホーム跡が残ってます(右側は家が建っていますが^^)
現役末期の頃とあまり変わってなかったりして!!
この辺りは気動車が停車していた辺りでしょうか。
バラストを含む土がカチカチに固まっていました。
油で固まったのだと思います。
ここが本当の終わりでした。
今は車止めも何も残っていませんでした。
終端部から振り返って西御坊駅方向を見た様子です。
ここでまたお借りした写真をご覧ください。
ここにもポイントがありますね。
上の古い写真と合わせて見ると、機回し線があったのが確認できます。
そしてこの場所は線路が2本、もう1本は左のホームの先にあったようです。
しかし、もう1本の線路は、上の古い写真と合わせて見ても、
この時点ではもう使われて無かったように思います。 左のホームには木枠に入れられた一升瓶でしょうか、山積みですね!!
この辺りが上の写真と同じ辺りでしょうか??
これで、終点の日高川駅跡まで到達しました。
しかしあと1回この記事は続きます。
もう少しお付き合いくださいね! |
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けっこう線路が残っているんですね。
何とか鉄道好きの人が楽しめるように整備できないでしょうかね。
前回のバスラーメン、興味深かったです。
私は入りますね。
2016/5/13(金) 午前 7:52
LUNさん、おはようございます。
今はまだ草が少なく線路は見やすかったです。
次はその通り!
でも線路跡、一部見間違っていました^^汗
2016/5/13(金) 午前 8:30
Courrier_Convoyeurさん、おはようございます。
まさか信号機が残っているとは思ってもいませんでした。
私は本線系では、同じく紀勢本線と予讃本線で見たことあります。
支線系統では、限りなく見ています^^。
2016/5/13(金) 午前 8:33
おはようございます〜♪
線路がそのまま残っている状態が今でも見られるなんてすごいですね
こんな光景は見たこと無いし場所も無いと思います
ただただ感心してます(笑)
nice
2016/5/13(金) 午前 8:35
こんばんは(^o^)/
もう28年!
えー?そんなに経つんや💦
昨日のことのようですよ(笑)
御坊駅からだと田んぼの中を走ってる感じでしたけど、日高川駅周辺は民家の間に線路があったんですね。
当時使っていた定期券、保存しといたらよかったわ〜💦
2016/5/13(金) 午後 2:14
稲口町さん、こんにちは。
現役区間を入れても3.4kmです。
1時間あれば十分に歩けますよ。
私も歩いてみたいです^^。
2016/5/13(金) 午後 2:21
へこへこマンさん、こんにちは。
実は警報機のランプ?の部分が下に落ちてたんですよ。
欲しかったですが、さすがに大きすぎて(笑)
それよりも信号機の先っぽが、芸術的だと思いませんか??
2016/5/13(金) 午後 2:23
フリードッグさん、こんにちは。
一応、全線残っているはずです。
ただし、枕木ぼろぼろで列車が走れば即脱線でしょうが・・・。
バスラーメンはOKですね^^。
2016/5/13(金) 午後 2:25
ずいぶん線路が残っていますね。地方の鉄道のなくなったぶんが東京の交通機関になってんでしょうね。
2016/5/13(金) 午後 7:52
ピンクの桜さん、こんばんは。
いつかは復活させようと残してあるそうですが、とてもとても復活は難しそうです。
しかし、このように線路が残っていると、廃線探しの者にはありがたいですね^^。
ナイス☆ありがとうございます。
2016/5/13(金) 午後 8:40
一升瓶の跡は立派な家に化けたんですね。
ボサボサの線路が郷愁を呼びますね〜
2016/5/13(金) 午後 8:45
七夜月さん、こんばんは。
もう28年経つそうです。この区間が廃線になることは、新聞で読んだ記憶があります。
確かに西御坊から先は家家の間を走る感じでした。
定期券、残念でした(>_<)
記事はあと一回あるので、お楽しみに!
2016/5/13(金) 午後 8:46
ねこパパさん、こんばんは。
地方の鉄道で黒字のところは、少ないでしょうね!
昔はこの場所の線路も、東京まで続いていたんですね。
2016/5/13(金) 午後 8:50
はなゴンさん、こんばんは。
こうして見ると一升瓶は、何を入れる瓶だったのかも気になりますね。
そして実際に貨車が停まっている写真も見たいものです‼
2016/5/13(金) 午後 8:54
廃線巡りは楽しそうですね!(@⌒ー⌒@)いまだ線路が残されてるとは・・・いつ撤去になるのでしょう?邪魔そうですが無くなると寂しくなりますね。ポチ!手漕ぎトロッコでも走らせたいものです。
2016/5/13(金) 午後 10:49
おはようございます(^^♪
平成元年に廃線に成って、未だに名残が留めているとは凄い事ですよね?!
2016/5/14(土) 午前 6:02 [ tatsu ]
ねこじゃらし・Kさん、おはようございます。
何か思惑があって残してるようですよ。
私も手漕ぎトロッコに賛成です。
距離的にもちょうど良さそうです。
なんなら現役区間も一緒に走ったら面白いでしょうね!!
ナイス☆ありがとうございます。
2016/5/14(土) 午前 6:36
tatsuさん、おはようございます。
廃線から28年、平成の時です。
こうして見ると、平成時代もずいぶん経ったなぁと思いますね。
この廃線は、散策にちょうど良い距離でしたよ。
2016/5/14(土) 午前 6:37
当時は日高川駅周辺は、民家が少なかったように思いますが、綺麗な家が建っているんですね。
あの廃屋然とした駅舎も無くなっちゃったんですか……。
何だか、寂しい気がします。
近々、当時のレポートをブログに挙げようかしら?と思っています。
2016/6/14(火) 午後 6:09 [ ゲバゲバ ]
ゲバゲバさん、たくさんのコメントをありがとうございます。
ホーム跡に家は建ちましたが、雰囲気は十分に残っていると思います。
貨物取り扱いが終わった時点で、チップ積込設備などが撤去されたと思われます。
2016/6/14(火) 午後 9:06