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今日は元興寺塔跡の紹介です。
書庫は「大和の塔を巡る」ですが、今日は「大和の塔跡を巡る」に変更です^^。
元興寺は、本堂などに日本最古の瓦がのっている事で有名です。
以前にご朱印も含め記事にしていますので、こちらをご覧下さい。
この元興寺には江戸時代末期まで五重塔が残っていました。
現存していれば、東寺の五重塔よりも高く、日本で一番高かったとか!
惜しい!
その五重塔跡が、元興寺塔跡として残っています。
元興寺塔跡です。
礎石が残っています。
ここが塔の正面だったのでしょうか。
真ん中に大きな礎石が見えます。
塔の心礎です。
心礎です。
こちらの礎石は中心が凸状に出ています。
柱に穴をあけて、ここにはめ込んだのでしょうね。
現在の元興寺塔跡には小さなお堂が建っているだけです。
お堂の前には、分かりにくいですが、ヒビだらけの燈籠が立っています。
この石燈籠について書かれていました。
昭和19年の地震で倒れ、石面が焼けていたのでバラバラになったそうです。
五重塔が燃えた時の火災で石面が焼けたのでしょうか。
またこのような物もありました。
塔が残っていれば、どんな風景だったのか、想像が膨らむ場所です。
元興寺塔跡
奈良市芝新屋町12
場所はこちらです。
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大和の塔を巡る
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長い歴史の中で、日本の神社仏閣にある建造物は、やはり燃えるんですよね。高野山の歴史を聞いて、蝋燭や線香を使うところで、火災はもう避けられないものなんだ、って思いました。
2017/12/10(日) 午前 7:21
~~~ヾ(^∇^)おはよー♪
五重塔跡が、元興寺塔跡を訪問ですね
塔の心礎などがまだ残っていたのですね
ヒビだらけの燈籠は痛々しくみえます
昔の火災の原因は何でしょうね
NICE☆彡
2017/12/10(日) 午前 7:45
こんにちは、いろんな展示物があるんですね。
2017/12/10(日) 午後 2:37
日本一の五重塔とはすごかったでしょうね!観たかったものです。絵とか残されて無いのかな?気になります。無料は嬉しいです!(;^_^)ナイス!
2017/12/10(日) 午後 5:46
安政まであったのに惜しいことをしましたね。
2017/12/10(日) 午後 6:41
在りし日に思いを馳せる事が出来るお寺ですね。
壮大な塔だったんでしょうね〜
2017/12/10(日) 午後 6:56
CF-Bioさん、こんばんは。
戦による戦災が多かったようですね。
そして塔は落雷での火災が多かったとか。
避雷針のない時代ですから、雷様は怖い存在だったと思います。
2017/12/11(月) 午後 8:38
いちごちゃんさん、再びこんばんは。
江戸時代末期まで現存していたので、礎石は他に転用する必要が無かったのだと思います。
それ以前なら城の石垣用に盗られていたと思いますよ。
ナイス☆ありがとうございます。
2017/12/11(月) 午後 8:41
樹里さん、こんばんは。
ここは興味の涌くものがたくさんありました。
まだまだ知らない所gありますよ^^。
2017/12/11(月) 午後 8:44
ねこじゃらし・Kさん。こんばんは。
日本一ですよ!
50メートル以上です。見上げたら圧倒されるでしょうね。
何か資料があれば、ぜひ見たいですね。
ナイス☆ありがとうございます。
2017/12/11(月) 午後 8:46
ねこパパさん、こんばんは。
本当に勿体ないことだと思います。
残っていれば、どんなに立派だったでしょうね!
2017/12/11(月) 午後 8:48
はなゴンさん、こんばんは。
この場所に立ち、在りし日の姿を想像する。
興福寺の五重塔が真っ先に浮かびましたよ。
観光客もほとんど来ない静かな場所でした。
2017/12/11(月) 午後 8:56
そうそう、落雷でもかなり火事になるんでした。
ブラタモリの高野山の番組の中で、そのように言っておりました。
そして、高野山では凍ることもあって屋根が瓦ではなく、檜の皮で出来ているので、一気に燃えてしまうような話しでした。
2017/12/12(火) 午後 9:09
CF-Bioさん 、再びこんにちは。
ブラタモリは私も見ましたよ。
檜皮葺は、確かによく燃えそうです。
余談ですが、昔は焚きつけに杉や檜の落ち葉を使ったそうですから。
皮と葉っぱと違いますが^^;。
落雷は昔も今も怖い存在ですね!
2017/12/13(水) 午後 4:30