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先日の宇陀松山ばるウォークのタイトルは
「1615年宇陀松山城は小堀遠州により破壊されるが城下町は今も元気!」
でした。
今年は破城400年の年で宇陀松山城を一生懸命PRしているようです。
今日は、その宇陀松山城に登った記事です。
登ったと言うのは、宇陀松山城は山城で、山頂に城があったからです。
それでは、松山城に登りましょう!
まずは、この門をご覧下さい。
これは、松山城西口門です。
そして、下の地図をご覧下さい。
赤○が、上の西口門のある場所です。
西口門は街中にありました。
西口門を見た後は、緑○の場所に行きます。
この神社にも城の遺構があります〜春日門跡です。
立派な石垣ですね!
何か丸い印の掘られた石もあります。
この春日門跡から松山城に登ります。
地図の青○が城があった城山です。
標高473メートルの山頂に松山城はありました。
このような道を歩きます。
山頂に近づくとこのような物が見えて来ました。
ちょっと分かりにくいですが、空堀でしょうか。
空堀?を過ぎると一気に視界が広がります。
破城されたので、高い石垣は残ってませんが、このような石垣の一部が残っています。
石段の一部も残ってます。
ここはしっかり残ってますね!!
少し高い位置から見るとこのように見えます。
このようなクネクネと曲がった通路を「喰違虎口」と言うらしいです。
一気に攻め込めないような構造です。
ここで地図と西口門に戻って下さい。
この場所も、よく見たら、喰違虎口になってるんですね!!
今日はここまで、2回目に続きます。 |
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2015年11月15日
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