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昨日11月22日、大阪府富田林市の寺内町をぶらぶらしてきました。
この日、奈良公園辺りに行こうかと思ってましたが、
紅葉のこの時期、多くの人が来てそうなので、一度行きたかった
富田林に変更して行ってきました。
富田林まで自宅から40分位でしょうか。
奈良市内へ行くより近いです^^。
まず富田林寺内町とはどのような町でしょう?
富田林寺内町は、戦国時代末期の永禄3年(1560年)、西本願寺派興正寺第14世・証秀が、石川西側の河岸段丘の荒芝地を百貫文で購入し、周辺4ヶ村(中野・新堂・毛人谷(えびたに)・山中田)の「八人衆」の協力で、芝地の開発、御堂(興正寺別院)の建立、畑・屋敷・町割等を行い、富田林と改めたことに始まるという(興正寺御門跡兼帯所由緒書抜)。 由緒書には上記のように記載されているが、由緒書は江戸時代の編纂物であることから確固たる信憑性を得ることは叶わない。
八人衆は、この功により年寄役となり、寺内町の自治を行った。織田信長と石山本願寺による石山合戦時には、本願寺・御坊側につかなかったことから、信長から「寺内之儀、不可有別条(じないのぎ、べつじょうあるべからず)」との書状を得ることにより、平穏を保った。しかし、近年では寺内町内部に御坊派と穏健派がいたことも示唆されている。そして石山合戦終戦後において、織田信長から再度書状を得たがそこには「河州石川郡之内富田林」と記載されていることから寺内町を否定した。 正確な否定は豊臣秀吉が1584年に蔵入地化してからという指摘もあることを留意しなければならない。
そして、大阪府で唯一、国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されている町になります。
こちら興正寺別院を中心に発展した寺内町になります。
では、町を散策しましょう!
立派なお屋敷です。
ここは杉山家住宅と言います。
ある有名人の生家だそうですが、皆さんは分かりますか?
正解この人です。
この人知ってますか?
私は知りませんでした^^;。
こちらも間口の広い住宅ですね!
でもこの住宅をよく見ると・・・・・。
半分以上は塀でした@@/
しかし、立派な塀ですね!!
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2015年11月23日
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