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廃小学校を訪ねての第50回は、旧奈良県吉野郡川上村高原にあった
高原小学校の紹介です。
今回は記念すべき第50回目です。
昨日の記事で小学校跡が見えるお寺に行きました。
まずは昨日の記事でも使用した地図をご覧ください。
高原地区は左下辺りの丸く見える集落です。
③の場所が小学校跡です。
拡大してみましょう!
真ん中に運動場が見えます〜舗装されているようですね。
これも昨日も使用した写真ですが、赤い火の見やぐらを目指します。
50回目を記念してスペシャルゲストの登場です!
実は小学校のはるか下に車を停めたらお母さんと子供が二人やって来て
子供が小学校跡まで案内してくれたのでした。
校門が残っています。
そして赤い火の見櫓もありますよ。
川上村立高原小学校
1983年(昭和58年)廃校〜今から33年前です。
校門を抜けると山の中とは思えない広い運動場がありました。
運動場の一段高い場所に校舎が建っていたそうです。
今は地区の集会所が建てられています。
このような石碑がありました。
創立百周年の裏を見ると昭和51年11月建立
1976年になります。
つまりこの小学校は1876年に設立されたんですね!!
1876年は明治9年です。
ここでスペシャルゲストの紹介です。
この高原地区に住む小学3年生の双子ちゃんです。
男の子と女の子。
今の小学校の事も色々教えてくれましや。
現在の川上村の人口は1000人少しで小学校は1校だけです。
そこに通う児童は全員で25名。
この地区にはこの双子ちゃんを含め4人の小学生が住んでいます。
お父さんがこの小学校に通っていたそうです。
色々話をしてたら写真を撮るのがおろそかになりましたよ(笑)
可愛い双子ちゃんでした。
最後にもう一度全景をご覧ください。
そして、校門前にこのような建物がありました。
不開之蔵
「あかずのくら」
と読みます。
ちょっと見づらいですが、この蔵にも菊の御紋が付いています。
ちょうどこの時に地元の方が通り、教えて頂きました。
この高原地区は南朝時代に南朝方に協力したので菊の御紋の使用を許されたこと。
また幕府時代は天領地であったこと。
それらに関する古文書や資料が納められていること。
高原地区は現在は川上村では3番目に大きな集落であること。
などなどです。
高原小学校
場所はこちらです。
最後に双子ちゃんにお礼に麦笑で買ったパンを受けとっともらいました。 |
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2016年12月09日
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