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もう少し早く記事にしようと思ってましたが、一昨日で廃止になってしまいました。
その三江線を2回に分けて記事にしたいと思いますの2回目の記事です。
ちなみに1回目の記事はこちらです。
尾関山駅をあとにして、三次駅に向かいました。
駅の横にはこのような幕が貼られていました。
駅の雰囲気を味わいたくて中に入ってみましょう!
これも三江線の文字は消えてますね。
とりあえず構内を写しておきましょう。
少しダイヤが乱れていたので、どこ行の列車か分かりません^^;。
駅近くにあった案内板にも転車台が書かれていますね。
しかし・・・撤去されているようです。
これはヤフーの地図ですが、ちょうど撤去中に見えませんか?
もう一度駅構内を見て、出ました。
駅から出てすぐ、遅れていた列車がやって来ましたよ!!
以上で三江線の記事は終わりです。
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鉄道&駅弁
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もう少し早く記事にしようと思ってましたが、昨日で廃止になってしまいました。
その三江線を2回に分けて記事にしたいと思います。
三江線は島根県と広島を結ぶローカル線でした。
この地図は昭和45年の物なので、まだ三江北線と三江南線に分かれています。 つながったのは5年後の1975年でした。
100kmを超す路線だったので駅の数もそれなりにありました。
最後はほぼ無人駅ばかりでしたが・・・。
以前は有人駅もありました。
その頃に売られていた入場券です。
米子鉄道管理局と広島鉄道管理局の二つが管理していたからです。
尾関山駅だけ広島管理局仕様です。
3月初め、尾道に行った帰りに少しだけ三江線の気分を味わってきました。
尾関山駅
有人駅時代は、ここには乗車券販売の窓口がありました。
ウィキによると2015年の尾関山駅の1日当たりの乗車客数は5人
全員集まっても席が余りますね^^。
上り下りとも1日5本です。
三江線廃止に関する案内は、これ位しかなかってです。
駅舎に付いていた財産標
昭和60年3月20日でした。 改札を抜けるとホームが見えます・
向こうが島根県江津駅方面
こちらは三次駅方面です。
上2枚の写真は同じ位置で撮ってますが、かなり長いホームだと思いませんか?
昔は、長大な編成の列車が走っていたんですね。
雨も激しくなってきたので戻ります。
しかし、小さい可愛い駅舎ですね。
もう尾関山駅を見る事はないと思いながら駅を後にしました。
そして駅前通り、な〜んにもありませんでした。
最後に尾関山駅はポケモンのポケストップになっていました。
つづく
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今から34年前の昭和59年2月(1984年)、北海道に行きました。
同じ行くなら一番寒い時に行こうとなり、友人と二人で。
その頃の写真が少し出てきたので、記憶を辿りながら記事にしたいと思います。
まぁ、何回の記事になるか分かりませんが、適当にお付き合いください^^。
と同じ書き出しで10回目の記事で、今回が最終回となります。
9回目は札幌観光で終わりました。
今日で北海道をあとにします。そしてこの列車で帰路につきます。
乗継の文字が気になりますね^^。
最初の頃にに使った写真ですが、北斗はこれ!
82系と言われる車両です。
それはこれ!
食堂車の入り口ですよ。
当時の北海道の食堂車のメニューです。
でもこれは残してあります。
食堂車の領収書です。
支払ったお金は1900円、何を食べたのでしょう?
メニュー右上のいかのホッポー焼きは食べました。
あとは思い出しましたよ!!
私はハムサンドコーヒー付、友人は朝洋定食だったと思います。
これでちょうど1900円ですね。
北斗2号は、11:51分函館駅着
少し函館観光をしています。
そして函館15:00発の連絡船に乗り北海道を離れました。
帰りは十和田丸です。行きは大雪丸でした。
この写真を拡大してよく見ると、向こうに連絡船が2隻停泊してますよ。
青森には18:55分に到着
いよいよ最後の列車です。
日本海4号・ブルートレインです。
乗継にすると、どちらかの特急料金が半額になったと思います。
この駅弁を買って乗り込みました。 |
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今から34年前の昭和59年2月(1984年)、北海道に行きました。
同じ行くなら一番寒い時に行こうとなり、友人と二人で。
その頃の写真が少し出てきたので、記憶を辿りながら記事にしたいと思います。
まぁ、何回の記事になるか分かりませんが、適当にお付き合いください^^。
と同じ書き出しで9回目の記事です。
8回目はこちら、をご覧下さい。
8回目は札幌駅に戻り、また夜行急行「まりも」に乗りました。
この時は寝台車に乗ったので、朝までゆっくりです。
札幌駅を22:15分に発車した列車は、翌早朝の6:12分釧路駅着。
釧路駅6:17分発の急行「ノサップ1号」根室駅行に乗りますが
5分の乗継でこの駅弁を買ってます。
まりもが到着する時間に間に合うよう調整したようで
ご飯はまだ温かったのを憶えています。
またここを見て下さいね!
釧路駅6:17分発の急行は8:40分根室駅着
乗車時間は2時間20分ですね。
根室駅からは、9:05発のバスに乗り納沙布岬へ行きました。
9:50分着でした。
はるか向こうには北方領土が見えてますよ。
納沙布岬10:20分発のバスに乗り11:05分に根室駅に戻って来ました。
バスを降りてからの乗継の間に何かを食べたと思います。
根室駅には駅弁は売ってなかったので^^。
11:55分発の各停が釧路駅に着いたのは14:53分
約3時間かかっています。
朝乗った急行は40分早いですね〜さすが急行(笑)
釧路駅からは15:30分の急行に乗ってます。
この急行が札幌駅に着くのは6時間後、しかし17:38分着の帯広駅で降りてます。
そして帯広で宿泊。
ただ泊まるために降りただけですね。
翌日、広尾線に乗る事もなく、帯広駅7:24分発の急行「まりも2号」で札幌へ
札幌駅10:56分着でした。
この後は、終日札幌観光しています。
メモ書きによると、ラーメン横丁や雪印パーラーにも行ってるようですが、
こんな写真しか残ってません^^;。
今回はここまで。
さぁ、次回は最終回の予定です。
あと暫くお付き合いくださいね。
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今から34年前の昭和59年2月(1984年)、北海道に行きました。
同じ行くなら一番寒い時に行こうとなり、友人と二人で。
その頃の写真が少し出てきたので、記憶を辿りながら記事にしたいと思います。
まぁ、何回の記事になるか分かりませんが、適当にお付き合いください^^。
と同じ書き出しで8回目の記事です。
をご覧下さい。
7回目は稚内駅までやってきました。
前回のルートをおさらいすると、
右上「天北線」の浜頓別駅を出発、音威子府駅、美深駅で「美幸線往復」、旭川駅で泊まりました。
旭川駅から地図左上の増毛駅へ、その後は日本海側を羽幌線で北上、稚内駅まで行きました。
浜頓別駅から上にあがれば稚内駅は近かったのですが^^。
稚内では民宿に泊まりました。
この時に鱈の白子が夕食に出て初めて食べました。
見た目は脳みそですね!
でも美味しかったなぁ・・・。
翌日はバスで宗谷岬に行ってます。
この日は2月14日、売店のおばちゃんにチョコを貰いましたよ。
稚内駅に戻ります。
稚内駅11:55分発の急行「天北」に乗りました。
沿線写真も撮ってますが、何が何か、どこか分かりません^^;
この列車に5時間乗り16:55分に旭川駅着
また旭川駅に戻ってきましたよ。
たぶん旭川駅の日食で晩御飯を食べたと思います。
旭川駅18:00発のライラック20号で滝川駅18:39分着
滝川駅19:05発の各停で岩見沢駅19:51着
岩見沢駅20:17分発急行「かむい8号」で札幌駅20:54着
それなりに北海道を一周してきました。
これから帰路に着きます。
ではなくてこんな切符買ってました!!
5回目の記事では自由席に乗りましたが、今回は寝台車です。 しかし当時は人気があったのでしょう。
三段式寝台の真ん中しか取れなかったようで・・・。
この駅弁を買って「まりも」に乗り込んだのでした。 おっと「まりも」の写真ではないですね。
大雪で代用しましょう(笑)
撮っている写真がますます少なくなってきました。 なので今回はここまで。
つづく
あと2回位で終わりの予定です。
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