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以前にも一度紹介していますが、今回の尾道旅行で新たな発見があったので紹介します。
ちなみに前回の記事はこちらをご覧ください。
舟橋牛乳は広島県尾道市にあった牛乳屋さんです。
昭和50年代まで存在していたようですが、ウェブ上でも
その存在はほとんど知られていません。
撮影日 平成24年8月26日
撮影場所 広島県尾道市内
この箱により、牛乳・コーヒー牛乳が製造されていたのが分かります。
この近くにこれと同じ箱がありました。
上のタイプとは違う箱もありました。
このタイプは初めて見ましたよ!
この牛乳箱の上と下では電話番号が全然違います。
これだけでも何か歴史が隠されているように思いますね。
そして下の箱の方が新しいような気もするのですが・・・。
以前の記事でも紹介しましたが、舟橋牛乳の牛乳瓶です。
お茶屋さんらしき建物跡に長らく放置されていました。
たぶん昭和40年代から放置されていたと思います。
そして昨年だったでしょうか、尾道空き家再生プロジェクトの関係ある方に
この瓶は貴重だとお話ししたところ、この旅行で無事に回収された事を聞きました。
その時にこれが出てきたそうです。
牛乳キャップです。
1枚だけですが、非常に保存状態は良いです。 そして、嬉しい事に頂くことが出来ました(^^)v
このキャップ、水曜日の表示のあるキャップです。
曜日表示のキャップは昭和40年代前半まで使われていました。
そうなれば、このキャップはこの場所で40年以上眠っていたと思われます。
若干曲がっていますが、印刷の剥離もなく良い物を頂けました!
知り合いの方が増えると良い事がありますね^^。
そして時間があれば、こちらのサイトをご覧ください。
舟橋牛乳の瓶が紹介されています。
また下の漂流乳業のマークをクリックすると、
今は無き全国のメーカーの瓶を見ることが出来ます。
私が提供させて頂いた瓶も少しですが載っていますよ。 |
街角の牛乳箱
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片岡牛乳は、奈良県五條市野原地区にあった牛乳屋さんです。
現在も明治牛乳の販売店として残っています。
撮影日 平成24年5月27日
撮影場所 奈良県五條市内
大和五條 片岡牧場の文字が誇らしいですね。
こちらのご主人に話を伺うともう50年は昔の物だそうです。
箱の両サイドです。
「健康美容は片岡のビタ牛乳ヨーグルトミルクから」と書かれています。
ビタ牛乳はビタミン入り牛乳〜今なら加工乳だと思います。
ヨーグルトミルクは乳酸菌飲料でしょうか。
近くにもう一つありましたよ^^。
片岡牧場も昭和36年の名簿には載っていますが、昭和40年の名簿には載っていません。
この4年の間に製造は止めたようです。
以前に、お話を聞きに行った事がありますが、工場があった場所は更地になり
瓶やキャップなどすべて処分済みでした。
当時を偲ぶ唯一の物がこれです。
門柱にある「第二片岡牧場」と書かれた表札です。
なぜ、第二?第一は?と思われる方もおられるかも。
実は大阪の美原町に片岡乳業と言う会社がありました。
こちらは昭和60年頃に倒産廃業していますが、この片岡乳業と
元々は出は同じのようです。
そして大阪を第一、奈良を第二と呼んでいたようです。
しかし、商いはまったく別々にしていたようですが・・・。
(以上、色々聞いた話と推測ですのであしからず^^;)
そしてこのような箱も見つけました。
何を書いてあるか分かりませんね(笑)
しかしよく見ると次のように書かれているのが、分かりました。
絵を描いてみました〜なかなか上手く描けてますね^^。
○の部分は分かりませんでした。
生菌ヨーグルトミルクか生乳ヨーグルトミルクかと思うのですが・・・。
そしてフルーツではなくフルツヨーグルトでした(笑)
この箱の方が古いのかも・・・。
よく分からない謎の箱発見でした。
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グリコの牛乳なら皆さんもご存知だとは思いますが、昔は関西でも工場があり宅配をしていました。
以前にも一度紹介していますが、今回の箱は状態が非常に良いです。
(以前に紹介した記事はこちらです)
明治の宅配箱と仲良く並んでいました。
左サイドには「グリコ牛乳」と書かれていますが、右側は分かりませんでした。
撮影場所 奈良県宇陀市内
撮影日 平成24年5月2日
これで奈良県内で発見したグリコの箱は2個目です。
いずれも宇陀市内でした。探せばまだ残っているかもです。
こちらが牛乳キャップです。
この地区は大阪工場品の宅配地区でしたが、残念ながら大阪工場のキャップは
左の給食用しかありませんでした^^;。右は参考として^^。
他の工場なら色々持っているのですが・・・。
ところでグリコ牛乳の大阪工場の住所に注目下さい。
大阪府茨木市平田となっています。
そして次のキャップをご覧下さい。
(kazagasiraさんより拝借の画像です)
このキャップの住所も茨木市平田です。
つまり「ヤシマ乳業」廃業後「グリコ大阪乳業」が自社工場として
牛乳の製造を始めたと思います。
こうして考えると牛乳キャップの世界も奥が深いですね!
ヤシマ乳業のキャップは残念ながら持っていません。
しかしこんなのは持っていますよ。
牛乳を運ぶ時に使う箱です。 |
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近鉄牛乳は近畿日本鉄道グループの近鉄観光株式会社食品工場が製造していた牛乳です。
消えかかっていますが、近鉄グループのマークがかかれています。
箱の両側は同じ文字が印刷されていました。
上の箱の近くで見つけたもう一つの箱です。
こちらは傷みがひどいですね。
撮影場所 三重県名張市内
撮影日 平成24年5月13日
近鉄牛乳は、今まで駅の売店などで販売されているだけと思っていました。
しかし、工場は名張市内にあったので、工場周辺地区では宅配していたのでしょうね。
こちらが牛乳キャップです。
牛乳とコーヒー牛乳です。
他にフルーツ牛乳などもあったのでしょうか?
キャップにも近鉄のマークが印刷されています。
但し、マークの中にはKの字が・・・近鉄観光のKと思います。
しかし残念ながら今は製造はされていませんので・・。
思わぬ場所で、思わぬ牛乳箱の発見、う〜ん楽しいですね^^。 |
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1年ぶり以上の更新です(^^汗
川西牛乳は奈良県磯城郡川西村(現川西町)にあった牛乳処理メーカーです。
この手書き?が歴史を感じさせます。
撮影場所 奈良県斑鳩町内
撮影日 平成24年4月8日
全国牛乳処理工場の名簿を見ると、昭和40年6月末ではすでに載っていません。
昭和36年6月末の名簿には載っているので、この4年間の間に廃業されたと思われます。
名簿での名前は「川西牛乳」ですが、箱の正面には「西本牧場」と書かれています。
西本さんが川西村で作っていた牛乳と思います。
名簿では1日の処理量は10石以下、1石なら1合瓶に換算して1000本です。
半分の5石なら5000本になります。一日1000〜5000本ならかなりの量を配達していたと考えられますね。
川西牛乳は、以前に調査をした事がありますが、まったく分かりませんでした。
実際に牛乳を製造していたのかも!しかし先日車で走行中、息子が偶然にこの箱を発見しました。
この箱があると言う事は、間違いなく牛乳を製造していたと言う事です。
この箱をきっかけに、また牛乳瓶やキャップが無いか調査する意欲が湧いて来ましたよ!
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