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今回は大和海軍航空隊大和基地(柳本飛行場)の掩体壕跡の紹介です。
色々調べていくうちに、この基地には合計18基の掩体壕があったと言われています。
いずれもコンクリート製の屋根の無いタイプだったようです。
今回新たに3箇所の掩体壕跡を確認できました。
1箇所目
天理市遠田町の運送会社「エスライン奈良」の入り口から道を挟んだやぶの中にあります。
場所はこの辺りです。
この写真では分かりづらいですが、竹の下にコンクリートが残っています。
近づくとこのようにしっかりと残っています。
コンクリートにはこのような穴が開けられています。 ここに木や竹を差し込んで偽装用の屋根を作ったそうです。
この掩体壕のもう片方のコンクリートは横にある池に沈んでいるそうです。
池の水位が下がれば見えるとか。
滑走路から比較的近い場所にあった掩体壕です。
2箇所目
上の掩体壕より北西方向に約1kmこちらも畑の中に残っています。
同じく屋根のないタイプです。
もう片方がないか探してみました。
コンクリート片が土に埋まっています。
これが掩体壕の一部かも・・。
そして次に3箇所目に向かいました。
3箇所目は次に報告と言う事で^^。 |
奈良の戦跡
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今まで何度か紹介してきた大和海軍航空隊大和基地跡の関連施設ですが
今回紹介するのは、この大和基地の給水設備跡です。
今までの記事はこちらを参照してください。
この給水設備跡は大和神社の南方数百メートルの矢矧塚古墳の墳丘上に作られています。
飛行場跡までは直線距離で約1000mくらいでしょうか。
墳丘にかなり大きなコンクリート作りの遺構が残っています。
給排水管でしょうか。ゴミなどが積もっていますが、かなり深いです。
給水ポンプの台と言われています。分かりにくいですが、固定するためのボルトが残っています。
この部分には今でも水が入っています。
コンクリートに切れ目が入っており、板などで開閉したのでしょうか。
完全に埋まっている部分もあります。
これも設備の一部でしょうか?
何箇所かに丸いコンクリート作りがありました。 砂利の多いコンクリートは戦時中の物に間違いないと思います。
小高い墳丘上にあった給水設備、水源はどこだったのでしょうか。
もしかしたら丸いのは井戸跡?
訪問した時は夏草が生い茂っており、全容を確認することが出来ませんでした。
また冬にでも訪問したいと思います。
そして以前紹介の掩体壕以外にも痕跡が何箇所か残っているようなので
あらためて確認に行きたいと思っています。
無事に発見出来れば、また紹介しますね!!
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奈良県には戦前「奈良歩兵第38連隊」と言う陸軍の部隊がありました。
奈良・京都・滋賀に所在していました。ウィキにも少し載っています。
奈良県出身で戦争に行かれた方はこの部隊に入隊されたのでしょうか。
当時の連隊跡は、今は「奈良教育大学」になっています。
学校内には当時の煉瓦作りの建物やその他遺構が残っているようですが、
普段は学校に立ち入ることは出来ません。
学祭の時ならどうどうと入って見学できるかも^^。
しかし普段でも唯一見れるものがあります。
こちらは連隊跡の碑です。
奈良教育大学北隣 奈良第2地方合同庁舎前にあります。
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奈良県天理市柳本に残る大和海軍航空隊 柳本飛行場に関しては
今回紹介の高射砲陣地跡は、柳本飛行場の関連施設の一つです。
場所は桜井市巻向にあります。
巻向と言えば纒向遺跡が有名で邪馬台国の大和説の場所にもなっています。
また近くには箸墓古墳があり卑弥呼の墓とも言われています。
そしてこの纒向遺跡には日本で最古級の古墳「纒向石塚古墳」があります。
この古墳に高射砲陣地があったそうです。
詳しい纒向石塚古墳の説明はウィキを参照下さい。
以前の発掘調査でも砲台の基礎部分が検出されているそうです。
陣地を構築する際に墳丘を削って平らにしたので今は古墳には見えません。
この平になった墳丘が陣地跡です。今は何も残っていません。
この青空と緑の木でご勘弁を^^;。
場所は、この辺り纒向小学校の横です。
航空写真にしていただくと良く分かります。
そしてこの後はまたまた柳本飛行場関連の大型物件?の見学です。
大正飛行場の掩体壕のような立体的な大型ではありませんので、あしからず・・・。
近日中に報告予定です。
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以前にも紹介していますが、先日再度撮影してきたので報告します。
以前紹介の記事です
飛行場周辺には二つの退避壕が残されています。
土が剥がされた壕です。
前回は周りが耕作されていた為、近づけませんでしたが、冬場は草も枯れそばまで行けます。
上に上ってみました。空気抜きのコンクリート製管が2本残っていました。
特別出演、私の影です(笑)。
土が残っている方の壕です。
こちらが本来の形に近いと思われます。
入り口です。
内部です。綺麗な蒲鉾型をしています。
二部屋に分かれているようですが、これ以上入るのは怖いので止めました^^;。
空気抜きの穴でしょうか?
この2箇所の退避壕はYを上下に組み合わせたような形をしています。
出入り口が4箇所あり、爆撃を受けた時の爆風が、直接壕の中に入らないように作られています。
分かりづらいですが、元滑走路のコンクリート敷きです。
舗装道路の下に延々と残っています。
この道路が旧滑走路です。
この道路の下にコンクリートが残っています。
この飛行場跡については、これからも調べて報告したいと思います。
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