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8月15日の終戦記念日に行ってきました。 奈良県橿原市の橿原神宮外苑にある「空母 瑞鶴の碑」です。 航空母艦 瑞鶴は、真珠湾攻撃からレイテ沖海戦で沈むまで、日本の正規空母としてもっとも活躍した艦の一隻です。 入り口にこのような案内があるので、分かりやすいです。 中に入ってまず目に付くのがこれです。 各種飛行機や特攻兵器のイラストが飾られています。 これが「空母 瑞鶴」の碑です。 奥に立っているのは、瑞鶴の甲板に立っていたマストのレプリカ品だそうです。 同じ公苑の一角においてある碇です。 旧日本海軍に関係する船の碇だそうですが、どのような船の物か分からないそうです。 このような所に来ると、改めて戦争の悲惨さを実感します。
もし近くまで行かれる機会がありましたら、お参り下さい。 |
奈良の戦跡
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今回紹介する記事は、直接の戦争遺跡ではありません。 これは、奈良県立畝傍高校の正門横の塀(もと鉄柵)です。 これを見て何と思われるでしょう? 実はここには金属の棒が横に3段に付いていました。この金属の棒が供出で軍に出されました。 切り取った後が、今でもはっきりとわかります。 切り口のある支柱の間に2本のコンクリートの縦の棒が2本立っていますが、これは後で付けられたものです。 絶対に見逃してしまいそうな、何気ない風景の中にも戦争の傷跡が残っています。
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今日は65回目の終戦記念日です。 各地で戦没者追悼の行事が行われていますが、私も再度、戦争遺跡を紹介したいと思います。 以前の記事で↓柳本にある旧海軍飛行場跡を紹介しましたが、今回はこれに関連する施設跡の紹介です。 http://blogs.yahoo.co.jp/sagashigaookuwa/15974815.html 田原本町の唐古池(弥生時代の有名な唐古・鍵遺跡のある場所です)の築堤に残る、高射砲の台座です。 柳本飛行場に隣接した場所にあるので、この飛行場の防衛用と言われています。 画像では分かりませんが、八角形のコンクリートの床になっいます。 真ん中には固定用の四角い穴が空いています。 奥に見えるのが唐古遺跡で復元された楼閣です。 手前のコンクリートが台座跡なので、位置関係が分かりやすいと思います。 飛行場跡に残る掩体壕の基礎部分です。屋根部分はありません。 前回紹介した時の2枚3枚目の防空壕が前方に見えます。 コの字型の掩体壕の両サイドの部分が残っています。奥の壁の部分の基礎は地中に埋まっているそうです。ちょうど畑仕事をしている方がおり、話を聞かせて頂きました。 この飛行場には全部で4箇所の掩体壕ありましたが、ここ以外はあと2箇所で痕跡が残っているようです。 飛行場から山手の方、竹之内集落の山に残るコンプレッサーを据え付けていたと言われるコンクリート製台座です。このコンプレッサーで削岩機を動かし、山に地下壕を掘ったそうです。 このボルトにコンプレッサーが固定されていたと言われています。 この周辺の山には比較的規模の大きい地下司令室跡などが残っていますが、夏草に覆われて発見出来ませんでした。また冬に訪問したいと思います。 ここまでたどり着くには竹や草が道に生茂っており、パジェロミニが擦り傷だらけになりました^^;。 また磨いてあげないと。 ブロ友のfmyさんが、宇佐航空隊の記事を書かれていますので、こちらも参考にして頂ければと思います。
http://blogs.yahoo.co.jp/nostalgic_fmy/26396194.html |
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太平洋戦争の末期に天理市柳本の建設された「大和海軍航空隊 大和基地」通称「柳本飛行場」の遺構を紹介します。 広さは約300haあったそうです。 概略地図です。 防空壕でしょうか、このような遺構が今でも残っています。 土が剥がされているので構造が良く分かります。 こちらは比較的土が残っており、小山のように見えます。 上記2箇所を1枚に撮影した物です。分かりづらいですが、右奥が最初の壕跡です。 滑走路の一部は道路になっています。 道路の下にあるコンクリートの層が旧滑走路です。 1974年の航空地図です。拡大して見ると、滑走路跡が良く分かります。 http://w3land.mlit.go.jp/cgi-bin/WebGIS2/WC_AirPhoto.cgi?IT=p&DT=n&PFN=CKK-74-7&PCN=C41B&IDX=12 ほぼ中央部に左斜めであります。そして、わずかながらも滑走路から格納庫や掩体壕への誘導路の跡が放射状に見て取れます。滑走路から右手方向です。 他に柳本駅近所には、宿舎跡が、同じく山手の方には色々な地下壕が残っているそうです。
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今から65年前の1945年3月10日に東京大空襲がありました。 そして同じく6月1日に大阪大空襲があったそうですが、その時に奈良県天川村の山上ヶ岳に撃墜墜落したB29爆撃機のエンジンです。 長く山上に放置されていたものを、運び出し現在は村の資料館に展示されています。
戦争の悲惨さを後世に残す、負の遺産です。 画像は暗い中で携帯で撮ったので良くはありませんm(_ _)m。 |




