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丁型海防艦(ていがたかいぼうかん)は、は日本海軍が第二次世界大戦において運用した
海防艦の艦級である。主に船団護衛に用いられた。基本計画番号はE22。量産性を最重視し、
丙型海防艦と同じく、それまでの日振型・鵜来型より、一層の小型化・簡略化が進められている。
艦名より第二号型海防艦とも呼ばれる。同型艦は67隻が竣工した(ウィキより)。
息子の仕事先のお客さんで、この海防艦に乗っていた方がいらっしゃいます。
先日、その海防艦の話を聞いて来た息子。
このような本も借りてきました。
1979年発行の本
丸スペシャル海防艦
丁型海防艦第150艦に乗っていたそうです。
この話を聞いて何かひらめいた息子。
早速こんなのを買ってきましたよ。
丁型海防艦のプラモデル(上)です。
こんなのも売ってるんですね。
下は以前に買った択捉型海防艦のプラモです。
早速作ってましたよ。
700分の1なので、大きさは10センチもありません。
海も発砲スチロールで作り100均で買ったケースに入れて完成です。
そして、そのおじいさんにプレゼントしました。
もの凄く喜んでくれたそうです。
その方は、通信兵でまた戦争の貴重な話を聞かせて頂いたようです。
なかなかやるでしょう〜我が息子!
ちょっと親バカな記事でした^^汗。 |
各地の戦跡、遺産
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昨日に引き続き、旧日本海軍美保航空隊関連施設の紹介です。
昨日の記事はこちらをご覧ください。
今日紹介するのは掩体壕跡です。
掩体壕は飛行機を敵の攻撃から守る施設です。
米子鬼太郎空港に沿って走る県道沿いにこの掩体壕があります。
正面から見た様子です。
このように入口が飛行機の形をした掩体壕は海軍式の特徴です。
ちなみに陸軍式は入口が完全に開いています。
こちらもコンクリートの厚みはかなりあります。
そして意外と丁寧に作られています。
コンクリートの質も比較的良さそうですね。
尾翼が入る部分です。
この掩体壕には「艦上爆撃機 彗星」が入れられていたと言われています。
(ウィキより拝借の画像です)
そしてこちらの虚空写真をご覧ください。
飛行場内に残されている掩体壕です。赤丸で囲った部分です。
また写真上部に見えるのは滑走路ですが、旧日本海軍時代の物です。
道路に近い(写真下部)掩体壕です。
後ろ側しか見えませんが、最初に紹介したのと同じタイプだと思います。
もう一つの掩体壕です。
遠すぎてよく分かりません^^;。
この他にも何基かの掩体壕が残っているようですが、
夏草が生い茂っている今、見つける事は出来ませんでした。
また現在の飛行場ターミナルビル工事で数基が破壊されたそうです。 おまけの写真です。
コンデジの望遠で撮ったのでこんな写真ですが^^汗。
航空自衛隊美保基地所属の輸送機?です。 |
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今日から6月29〜30日に行った山陰方面の記事を書いて行きたいと思います。
一応、行った順番で書きたいと思います。
鳥取県はJR大篠津駅近く、現在の「米子鬼太郎空港」が旧日本海軍美保航空隊のあった所です。
先ずはこの航空地図をご覧ください。
今回紹介の施設跡は、この赤丸で囲った物になります。
飛行場の通信施設跡?と医務室跡?言われています。
では行ってみましょう!
このコンクリート造りの壕です。
かなりの大きさです。手前の自動車と比べても大きさがよく分かると思います。
上の地図を見てもかなりの大きさですからね!
蒲鉾型の建物がつながっています。補強の為の支柱?も数多くあります。
中に入ってみましょう!
内部はかなりの大きさです。
奥に何かの基礎(台)のような物が見えますね。
これは発電機の基礎と言われています。
反対側からです。
こちらは機械を搬入するためでしょうか。
開口部が大きいです。
天井には照明?の跡らしき物も残っています。
一部剥離した部分を見てみると、ラス網に大きな石が見られます。
今回は農作業をしている方に声をかけ中を見せて貰いました。
その方の話によると、この壕跡を見に来る人も多いそうです。
JR境線に沿った道路をストリートビューで見ると大篠津駅近くでこれが見えますよ。
場所はこの辺りです。
鳥取県米子市大篠津町
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舞鶴赤レンガ倉庫群 (1)の紹介に続き(2)の紹介です。
手前からN.4、No.3、No.2倉庫となります。
No.2倉庫:旧舞鶴海軍兵器廠予備艦兵器庫 - 明治35年竣工、
現・赤れんが2号棟(舞鶴市政記念館) - 重要文化財
No.3倉庫:旧舞鶴海軍兵器廠弾丸庫並小銃庫 - 明治35年竣工
現・赤れんが3号棟(まいづる智恵蔵) - 重要文化財
No.4倉庫:旧舞鶴海軍兵器廠雑器庫並預兵器庫(雑品庫並損兵器庫とも) - 明治35年竣工
現・赤れんが4号棟(赤れんが工房) - 重要文化財
No.2倉庫の中には「赤煉瓦カフェJAZZ」があります。
No.4倉庫妻面 No.3倉庫前のターンテーブル跡
これらの倉庫にもトロッコの線路がひかれていたようですね。
左:No.3倉庫、右:No.4倉庫、奥:No.5倉庫になります。
左No.4倉庫、右:No.3倉庫
奥に自衛艦が見えますね!
No.5倉庫:旧舞鶴海軍軍需部第三水雷庫 - 大正7年竣工
現・赤れんが5号棟(赤れんがイベントホール) - 重要文化財の附指定
この倉庫は一段と大きいです。
左:No.5倉庫、右:No.4倉庫、奥:No.6倉庫です。
このNo.5倉庫は他と違うのが分かりますか?
このように化粧煉瓦〜タイルのようですね〜が使われています。
煉瓦色一色にアクセントを添えていますね!
これで赤煉瓦倉庫の紹介は終わりです。
舞鶴赤煉瓦倉庫群は見ごたえありですよ。
自衛艦も近くで見れ、お勧めです。
皆さんも、一度お出かけくださいね! |
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京都府舞鶴には赤煉瓦倉庫が12棟残っています。
それらの倉庫はNo.1〜No.12の番号が付けられています。
以前も紹介していますが、改めて紹介します。
前回紹介の記事はこちらをご覧ください。
拡大してご覧ください。
今回の紹介する倉庫は6番の番号が付いている倉庫3棟と
その上にある1棟です。
この倉庫は前回はフェンスに囲まれ近づけなかったのですが、
整備され間近に見れるようになっていました。
No.8倉庫です。
旧舞鶴海軍需品庫需品庫 - 明治35年竣工、旧・第二水雷庫
現・文部科学省(文化庁)所管倉庫 - 重要文化財
No.8倉庫妻面です。
No.6倉庫:旧舞鶴海軍需品庫需品庫 - 明治35年竣工、旧・電機庫
現・文部科学省(文化庁)所管倉庫 - 重要文化財
No.7倉庫:旧舞鶴海軍需品庫需品庫 - 明治35年竣工、旧・第一水雷庫
現・文部科学省(文化庁)所管倉庫 - 重要文化財
あれに見えるは奥さんと息子です(笑)
通路の轍の部分は煉瓦と石で舗装されています。
No.7倉庫の入り口です。
手前からNo.6,No.7,No.8倉庫です。
No.6倉庫妻面です。
倉庫の中に向かってトロッコの線路が引かれていますね。
No.9倉庫です。
前回は撮り忘れしてた倉庫でした^^;。
No.9倉庫:旧舞鶴海軍軍需部第一需品庫 - 大正8年竣工
現・海上自衛隊舞鶴補給所No.17倉庫
この倉庫は今でも使われている現役倉庫です。
舞鶴の倉庫群はいつ見ても迫力がありますね。
もう1回ありますので、お楽しみに^^。
撮影日:平成24年12月16日 |



