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廃小学校を訪ねての6回目は、奈良県天理市山田にあった「山田小学校」です。
この山田小学校は「やまとびと」と言う雑誌を見てぜひ行きたいと思っていた元小学校です。
この建物、一目見てもの凄く良いと思いませんか!!
明治10年、永楽寺庫裡を借りて始められたのが山田小学校です。
現在は地域の公民館として大切に活用されています。
玄関を挟んで対称的に一直線に伸びる学校です。
昔の木造校舎はこのような建物が多かったですね。
玄関にはこのような鐘もありました。
昔のチャイム代わりの鐘でしょうか。
事務所に事務をされている方がおり、中を見せて頂きました。
この一直線に伸びる廊下が懐かしいです。
このような廊下を雑巾がけした記憶があります。
廊下もピカピカ、大切に利用されているようです。
小学校としての役目を終わった後でも
このように利用されると建物も喜んでいるでしょうね^^。
場所はこちらです。
奈良県天理市山田町1548
おまけ
以前にあったモーソンの画像です(借物です)。
このユニークな店も模様替えしました。 |
廃小学校を訪ねて
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超久々の廃小学校を訪ねての更新です。
廃小学校を訪ねての5回目は、奈良県吉野郡東吉野村大豆生にあった「八幡小学校」です。
この小学校は以前にも違う記事で紹介していますが、ご勘弁を^^;。
明治時代に建てられたこの小学校は、学校としての役目は終わっていますが、今でも現役で「ふるさと村」として
使用されています。
立派な二階建て木造校舎です。
私が入学した南宇智小学校もこんな感じだったような・・・。
二宮さんもあります。
銘版を見ると昭和17年12月8日に東京の松本道太郎と言う方が寄贈されています。
ちょうど戦争が始まって1年目ですね。
そしてこちらには食堂があり誰でも利用することが出来ます。
唐揚げ定食ととんかつ定食です。
他にも色々ありますよ。
また学校給食を再現したメニューもあるそうです(要予約)
これから紅葉の季節にはドライブがてら行くのにはちょうど良いかも!!
場所はこの辺りです。
帰り道で・・・
こちらに行ったのは9月の終わりです。
奈良県をはじめ大きな被害を出した台風12号の被害の痕です。
このように川には多くの流木が溜まった状態でした。
普段は水遊びには最適なこの川ももの凄い濁流が流れていたのかと思うと、
恐ろしいですね。自然は怖いです。 |
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ちょっと間があいてしまいましたが、
廃小学校を訪ねての4回目は、奈良県御所市鴨神地区にあった「葛城南小学校」です。
明治6年に「明篠舎」として発足。明治10年神通寺小、明治15年第二学区鴨神小と校名変更を繰り返し、
大正7年に葛城南小となる。〜やまとびとより。
学校跡前にあるバス停には、南小の名前が残っています。
この小学校は2005年3月31日に閉校となりました。
まだ建物の一部が残されています。
地域の集会所に使われているようです。
この建物の前に校舎があったようです。 遊具が残っていました。
卒業記念のレリーフも残っています。 こちらには立派な二宮さんもありました。
この葛城南小学校は廃校が比較的新しい為、学校があった名残が充分に残っています。
運動場の立てば、今でも子供の声が聞こえてきそうですね。
そして葛城南小学校のHPも残っていますので、よろしければご覧ください。
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廃小学校を訪ねての2回目は、奈良県御所市伏見地区にあった「葛城西小学校」です。
高鴨神社より北へ数百メートルの道沿いにあります。
石段の上にあるこの建物は、見ただけでは小学校とは分かりません。
少し登ってみましょう。ここから見れば何となく校舎に見えますね。
この葛城西小学校は、「南郷尋常小学校伏見分教場から分離、独立。伏見尋常小学校として創設。
昭和39年に廃校、競売にかけられた校舎を買い取り、住居として使っています」〜やまとびと冊子より。
正面です。
画像では分かりにくいですが、何かに気付きませんか?
少し拡大しました。
もうお分かりだと思いますが、瓦に字が書かれています。
更に拡大しました。
上の瓦には「小学」の文字が、下の瓦には「伏見小学校」の文字が書かれています。
小学校の建物だったと決定付ける証拠ですね!
葛城山と金剛山の麓に位置するこの地区には、葛城西小学校の他に葛城南小学校、葛城北小学校がありました。これらもまた紹介して行きたいと思います。
高天彦神社もここから近いですよ。
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