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葛城館はJR和歌山線高野口駅前に残る旧旅館です。
現在は営業していませんが、木造3階建てガラス張りの建具が目を引く建物です。
明治後期の建築と言われています。
100年は経っているんですね!
唐破風に葛城館の看板、渋いですね。
ちょっと中を覗いてみました^^。
すぐにでも営業できそうな位、綺麗に保存されています。
ガラスを見ても昔のガラスでしたよ。
高野口駅は高野山詣での駅としてにぎわいました。
そのような駅前にある旅館、葛城館は昔は賑わったのでしょうね。
栄華がしのばれます。
高野口駅の真ん前です。
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近くのレトロを探せ!
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「若江の家」・・・タイトルだけでは何かさっぱり分かりませんね(笑)
読み方は「わかえのいえ」です。
若江の家も天理大学構内にあるレトロな建物です。
ちなみに過去紹介した記事は
です。
大学構内から見た様子です。
大正14年(1925年)の建築です。
この建物は、大阪の若江岩田(現:東大阪市岩田町)におかれていた当時の天理教大阪教務支庁の
敷地内に、旧制大阪高等学校(現大阪大学豊中キャンパス)生であった天理大学創設者:中山正善氏の
宿舎として建てられたもの。昭和30(1955)年に天理大学キャンパス内に移築され、事務所・会議室・
留学生宿舎などに使用の後、現在は創設者記念館として一般に公開されている。
(拝借の文章です)
若江岩田にあったので「若江の家」ですね^^。
道路側から見るとまた凄いです。
私は時間の都合で内部は見ていませんが、
一般公開もされてますので興味のある方はぜひ!
場所:奈良県天理市杣之内町1050
天理大学構内です。
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昨日に引き続き、地元大和高田をウロウロです。
昔は賑わったであろうこのような商店街が多く残っています。
建物の中を通る路地が!
この先はどうなっているのでしょう?
何気なく見える建物も良く見ると・・・建物上部を望遠で・・・ちょっとお洒落ですね!
この布団屋さんもいい感じ。
懐かしの「ポンパ君」です。ちょっとハゲハゲで可哀そうです。
銭湯も健在です。
「松湯」です。
外観は綺麗に改装されてますが、中はレトロなままらしいですよ。
これはまた凄い薬屋さんです。
このようなホーロー看板も発見!
兵庫県は尼崎にある「福栄肥料」の商品名らしいです。
最後にある店の前で
安!
以上、「ブラタモリ」ならぬ「ブラナオリン」でした(笑) |
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休日は時間があると、記事のネタ集めと運動を兼ねて地元をウロウロしています。
今回はその時に見つけた物の紹介です。
まずはこの駐車場です。
普通の駐車場ですね。しかし以前はここにある物が建っていました。
この地図を拡大して見て下さい。
真ん中一番下に「古川湯」の文字が・・・実は銭湯があったんですね。
このような元標もあります。
お城跡もありました。
室町時代後期、各地に有力武士が城を築き、覇権とその勢力範囲を広げるために、各地で合戦が繰り広げられた、戦国時代と言われた時代。本市にも、高田城、万歳城、そして土を重ねて築いた小城の土庫塁城、松塚塁城、有井塁城、北角塁城がありました。
高田城は、片塩小学校の東側、常光寺池一帯にあったとされ、永享4年(1432年)、室町幕府六代将軍・足利義教の命により、当麻氏が城主に任じられています。その後、約150年間にわたり、戦国武士が群雄割拠した時代に重要な砦としての役割を果たしました。当麻為長が城主の時、城に隣接して、一族の武 運長久と歴代の菩提をとむらうため常光寺を建立(1471年・旭北町)し、また、天神社の修復(1482年・三和町)、証菩提寺(現在の不動院)の建立 (1484年・本郷町)もおこなっています。 万歳城は、高田西中学校一帯に位置し、「万歳氏」の居城の一つとして、二上山の南方にあった万歳山城と、現在大谷(北角)の乾城とともに、その勢力の拠点としていました。 しかし、天正5年(1577年)、郡山の筒井順慶は織田信長に大和守護に任じられ、大和一円をゆだねられると、天正8年(1580年)、諸城破却令により順慶の郡山城を除いて、大和の城はすべて取り壊されてしまいます。 「高田氏」、「万歳氏」など、それぞれ大和武士としてその勢力争いを頻繁におこしていましたが、戦国大名となることなく、戦国争乱の世に、その姿を消してしまいました。
この時代、曽大根の名称寺からも石山本願寺の顕如率いる「一向一揆」、いわゆる「石山合戦」(1570年〜)に出兵し、織田信長軍と戦ったことなどからも、戦乱の時代をうかがうことができます。 (高田市HPより)
近くのお寺にある高田城主のお墓です。
(拝借した画像です)
このような案内板もありました。
なかなか興味深いですね。
地元でもまだまだ知らない事が多いです。
ブログって勉強になりますね^^。
ウロウロ記事をシリーズ化しようかな! |
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以前にも天理大学構内のレトロ建築を紹介していますが、天理大学2棟目の紹介です。
こちらが「天理大学付属天理図書館」です。
旧天理外国語学校図書館として昭和5年(1930年)に建てられました。
鉄筋コンクリート造4階建てです。
今から80年以上前の建物です〜凄いですね!
天理教が海外布教のために必要な外国語力をもった人材養成を目的として創設された
天理外国語学校(天理大学の前身)の図書館として建設された。布教先の国の文化を深く理解する
必要があるとの考えから、世界各国の図書を多数蒐集してあるそうで、広く一般にも開放されている。
天理大学には天理参考館と言う博物館もあり、世界の民族や美術の資料を展示しています。
これも世界の事を知る目的の為に作られたのだと思います。
玄関手前左側にある受付?です。
窓のアーチがいいですね。
玄関上の伝統もレトロ感たっぷりです。
見学の合間にはこちらで缶コーヒーでもど〜ぞ^^。
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