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和歌山県にあるレトロ建築、第2回目のの紹介です。
一応煉瓦編と言うことで。
布袋湯
湯浅町に残る唯一の銭湯です。
創業は明治初期で建物も当時の物と言われています。
この煉瓦塀も昔のままだそうです。
この煉瓦塀があるので「煉瓦編」に入れました^^。
門をくぐると入り口です。
この銭湯はぜひ入りたいですね!
場所は湯浅駅のすぐ近くです。
旧大日電線株式会社 箕島工場
(現:三菱電線工業株式会社 箕島製作所)
昭和」18年建築
以前はかなり規模の大きい煉瓦造りの建物がありましたが、
今は解体されてそれほど残ってなかったです。
以前はこの三角屋根の工場も煉瓦造りでした。
その名残が少し残っていますね。
いずれ煉瓦造りの建物は、一掃されるような予感が・・・。
見られる方は、早目がいいと思います。
有田市の国道42号線を白浜方面へ
有田川に架かる橋の手前を右折です。 |
近くのレトロを探せ!
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今回は和歌山県にあるレトロ建築の紹介です。
和歌山県伊都郡かつらぎ町にある個人の病院です。
左:病室棟 右:診療棟
名前はあえて伏せますが、この地区のレトロ建築としてかなり有名な建物のようです。
右写真は診療棟で大正12年
左写真は病室棟で大正14年の建築と言われています。
正面玄関の上のデザインも素晴らしいですね。
JR西日本 和歌山線 高野口駅
和歌山県橋本市名倉にあります。
明治45年(1912年)建築の駅舎です。
100年経っていますが、立派な現役の駅舎です。
ホームの上屋も歴史を感じます。
(駅舎と同年代かは分かりません^^;)
今はひっそりとしたこの駅も、昔は高野山への登山口駅としてにぎわったそうです。
このように普段何気なく見ている建物にも歴史があります。
見かける機会があれば、注意して見て頂ければと思います^^。
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紀ノ川橋梁(きのかわきょうりょう)は
和歌山県の紀ノ川に架かる南海電車本線の鉄橋です。
12月2日の記事の最後にちらっと載せた写真の鉄橋です。
なぜこの橋を記事にしたのか、それはこの橋が明治の物だからです。
まずはこの下の写真2枚をご覧下さい。
橋脚が煉瓦です。そしてトラスの部分はピン止めになっています。
和歌山駅側から大阪方面を見た様子です。
左が上り線、右が下り線になります。
上り線 627m 単線 1903年(明治36年)竣工
今から100年以上前の建設、アメリカ製の橋です。
下り線 627m 単線 1922年(大正11年)開通
国産だそうです。
上り線の橋脚を少し拡大です。
角には切石を配し、煉瓦を積んでいます。
こちらは下り線です。トラス部分を支える橋脚がデザイン的に簡素化されていますね。
これらの橋脚と橋は100年もの間、立派に使用されています。 あの伊勢湾台風の水害にも耐えたのでしょうね。
素晴らしい土木技術に支えられているのだと思います。
ちょうど上り電車が走って行きました。
一見の価値のある橋脚&橋梁だと思います。
場所は和歌山競輪場の横です。
とりあえず紀ノ川に行けば分かりますよ^^。 |
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昨日は和歌山県橋本市のレトロ散策スタート編を書きましたが、
今日はその時に見かけたレトロナ建物です。
「旧橋本火力発電所」
明治43年(1910年)の建物だそうです。
現在は倉庫として使っているようで、窓にはサッシが入っています。
火力発電所のイメージは海岸沿いのイメージがあります。
このような内陸部では何を燃やして発電していたのでしょうか。
周辺の山は林業が盛んだったので木を燃やしていたのでしょうか。
謎な発電所ですね^^。
この部分は道路の拡幅工事で壊されたとか〜もったいない!!
場所はこちら橋本駅前を右方向にすぐです。
「日本聖公会橋本基督教会旧礼拝堂」
この何気ない民家が教会の建物です。
これは奈良のどこかにあった民家を明治33年(1900年)に移築
作られた年代は不明のようです。
反対の妻方向から見た様子ですが、やはり普通の民家にしか見えませんね。
しかし瓦を見ると・・・・
十字架の瓦です。
不思議な建物でした。
ちなみにこの建物の前には立派な教会の建物があります。
場所はこちらです。
発電所の煉瓦建ての近くですよ。
廃銭湯「錦湯」
これぞ銭湯、渋い廃銭湯です。
いつ頃まで営業していたのでしょうか。
入口の外灯もいい感じですね。
こちらの屋根瓦にも「錦」マークがありました。
場所は発電所の裏側です。
2枚目の写真に途中で切られた銭湯の煉瓦煙突が写っていますよ。
駅の近くでも興味のある建物がこれだけ残っています。
まだまだ探せばありそうですね。
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小田井用水
和歌山県紀の川の北岸の河岸段丘を流れる用水で、1707年(宝永4年)
5代目藩主の徳川吉宗の命により、大畑才蔵という人が指揮をとって開削しました。
この用水は紀の川に平行して、北岸の等高線を巡るように開削されたため、
途中でいくつもの河川と交差します。それを、水路橋などで越えています。
用水は、橋本市、かつらぎ町、紀の川市、岩出市を通る延長約30kmにおよぶもので、
この用水により1000haをこえる水田が生まれたそうです。
これらの水路橋は今でも立派に活躍しており、その姿を見る事が出来ます。
今回はその中の一部ですが紹介したいと思います。
「小庭谷川渡井」
小庭谷川渡井は、堂田川にかかる水路橋です。
長さ9.3m、幅7.4mの煉瓦造りのアーチ橋です。
1909年(明治42年)竣工です。今から100年以上前ですね。
後ろに見える建物は笠田高校です。
分かり難いですが、画像真ん中当たりの土手に水路を
挟むような形である構造物が水路橋の一部です。
川の上の水路ですね。
草がまだ多く、見辛い写真ばかりですいません^^;、
上には行けましたが、いい写真を撮れる場所に近づけなかったので、このような写真でご勘弁を。
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