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「大和の古墳を巡る」第3回目は、
奈良県桜井市にある日本最古級の古墳群「纏向古墳群」の一部を紹介です。
纏向古墳群(まきむくこふんぐん)
纒向古墳群は、奈良県桜井市に所在する古墳時代前期初頭の古墳群である。
オオヤマト古墳集団のなかの1つであり、柳本古墳群の南に位置し、
三輪山の西麓に広がる。前方後円墳発祥の地とみられている。
(ウィキより)
今回紹介の古墳は下記地図に印のある3か所です。
詳しい地図はこちらをご覧ください。 では、どのような位置関係にあるか見てみましょう。
向こうに見えるのは「箸墓古墳(はしはかこふん)」
この辺りは邪馬台国の機内説のある地域で、卑弥呼の墓とも言われていますね。
この箸墓古墳の反対を見ると、こちらが見えます。
木が生えている場所が、地図①の古墳になります。
③の古墳
纏向矢塚古墳(まきむくやづかこふん)
全長96メートルの纏向型前方後円墳ですが、この古墳も埋葬施設は未調査です。
前方後円墳発祥の地と言われるだけあって、今回紹介の古墳はすべて前方後円墳でした。
そしてこの日は風の強い日、風の足跡が見えましたよ^^。
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大和の古墳を巡る
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「大和の古墳を巡る」第2回目は、
奈良県五條市南阿田にある「大塚山古墳」です。
この古墳はかなり以前に記事にした事がありますが、改めて紹介です。
それは、この古墳には思い出があるからです。
五條市南阿田の県道沿いにこのような看板があります。
このような案内板が要所にあるので、迷う事はありません。
これが、大塚山古墳です。
この古墳には思い出があると最初に書きましたが、
実はこの古墳の発掘調査の為の事前調査、
五條市教育委員会の委託で
墳丘測量のアルバイトをしたのでした。
高校生の時、春休みでしたね。
中学生の時、近所の兄ちゃんが教育実習に来ました。
その後、先生になったので今でも先生と呼んでいますが、
この先生との出会いが考古学により興味を持つきっかけとなりました。
中学生の頃からあちこち、遺跡や古墳の見学に連れて行ってもらいました。
そして、この作業に声をかけてくれたのでした。
この測量図を作ったのでした!!
一週間ほど通いました。
麓の民家に道具やバイクを置かせて頂き、そこから機材を担いで登ってました。
先生、先生の弟、私、同じく考古学好きの友人の4人で作業しました。
測量調査の何年か後に発掘調査がされ、立派な石室があるのが分かりました。
測量当時は墳丘上が凹んでおり、何らかの埋葬施設があるとは、想像できましたが・・・。
大塚山古墳は全長30メートルの前方後円墳ですが、前方部が短く
帆立貝の貝のように見えるので、帆立貝式古墳とも言います。
これは、前方部方向より、後円部方を見た様子です。
後円部上より前方部を見た様子です。
そして、こちらが発掘調査で見つかった石室です。
では、内部に潜入しましょう!
この古墳のある場所は吉野川の河岸段丘上?
石室の石材は、吉野川で多く採れる緑泥片岩等が使われています。
ここは羨道、奥が玄室です。
玄室に入りました。
先客が居ましたよ!!
○で囲んだ場所、コウモリが1匹いました@@//
あぁ〜ビックリ(笑)
小さい石材を見事に積み上げた玄室&羨道です。
天井部の石です。
玄室から羨道、入り口を見た様子です。
久しぶりに(4年ぶり)行きましたが、
当時の事を思い出し懐かしかったです。
そして、五條市はなぜか前方後円墳の確認数が少ないです。
なのでこの大塚山古墳はその点でも貴重な古墳だと思います。
次、第3回目はどんな古墳の紹介でしょう??
お楽しみに!!
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懲りずにまた新しい書庫を作りました。
書庫名は『大和の古墳を巡る』です。
奈良県内にはおそらく何千基もの古墳があるはずです。
それらをこつこつと、とはいきませんが、
特徴のある古墳を中心に紹介していければと思います。
書庫設立記念として、このような本をご覧ください。
「大和の古墳墓」昔古本屋で買ったものです。
当時は入手に苦労しましたが、今はネットで簡単に安く購入できます。
著者は、「末永雅雄」氏、奈良県の考古学を語るには、この人なくては語れない?
ような方でした。
考古学少年の私には、憧れの存在だったのです。
では、この本はいつの発行でしょう??
昭和16年9月
戦前の本ですよ!!
今から75年前の本です。
写真もありますが、このようなスケッチが多いです。
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