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御朱印を頂きました111回目は、
奈良県天川村洞川にある龍泉寺です。
大峰山へ修行に行く修験道者は、このお寺で水行をしてから出発するそうです。
このような門が建っています。
修験道のお寺と言う感じがしますね。
境内図です。
分かりますか?
山に入る時は、水行をします。
その行場ですね。
切り株跡に建つ祠です。
岩の間から水が湧いています。
こは第一の水行をする場所のようです。
湧き水にしたら、あまり綺麗でないような・・・・怒られますね^^汗
大雨の後の影響でしょうか。
龍泉寺は昭和21年の洞川地区の大火で建物の多くが焼失しました。
今ある建物の多くは、新し目です。
本堂昭和35年の再建です。
左の建物は庫裏で、こちらで御朱印を頂きました。
龍泉寺
奈良県吉野郡天川村洞川494
場所はこちらです。
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御朱印を頂きました!
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御朱印を頂きました110回目は、
奈良県吉野山にある如意輪寺です。
如意輪寺は、吉野山の寺院などが多数ある賑やかな場所から
谷を一つ挟んだ場所にあります。
なので、吉野山の他の寺社に比べ、観光客は少ないと思います。
こちらは駐車場の横にある山門です。
こちらは、正面にある山門です。
如意輪寺へ徒歩で来ると、この門を潜る事になります。
苔生した墓石、歴史を感じますね。
如意輪寺の裏山には、後醍醐天皇の陵墓があります。
世泰親王のお墓もあるようです。 こちらは、後醍醐天皇陵です。
こちらは、世泰親王(よやすしんのう)陵です。
最後にご朱印の紹介です。
御朱印はこちらの庫裏で頂けます。 今は、後醍醐天皇即位700年の限定御朱印がありますよ。
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御朱印を頂きました109回目は、奈良県奈良市にある法華寺(ほっけじ)です。
8月16日のウロウロの時に寄ったお寺です。
法華寺には、南門ではなくこちらの門から入りまが、
なぜか法華寺門跡の看板が架かってます。
境内の正面には本堂が見えます。
そしてこの鐘楼の大きさが一際目立ちますね。
本堂を正面から見てみましょう!
このような礎石が1個残っていました。
どのような建物が建っていたのか気になりますね! また、こちらのお寺には、皇族の方も多くお詣りされているようです。
最後にご朱印です。
法華寺
奈良県奈良市法華寺町882
場所はこちらです。
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御朱印を頂きました108回目は、和歌山県橋本市にある学文路天満宮です。
学文路は、何と読むでしょう?
また読みにくい名前ですね。
学文路は「かむろ」と読みます。
学文路=学問への道
と言う事で最寄りの南海電車高野線の学文路駅では、
受験シーズンになれば入場券がよく売れるそうです。
この道路に並ぶ幟が気になりませんか?
この幟に誘われてわき道を入って行きました。
村の中の狭い道を進むと天満宮の石碑がありました。
石碑越しに振り返ると、渡って来た踏切が見えますね。
南海高野線です。
ちょうど電車が来ましたよ!
上がって行くと鳥居があります。
釣鐘がありますが、神仏習合の名残です。
そばにはユリが咲いていました。
この方向に伊勢神宮があるんですね。
こちらが学文路天満宮です。
またお寺の名残もありましたよ。
拝殿です。
天満宮なので、撫で牛もありますよ!
そして、こちらが御朱印です。
料理に使ってもお守りにしても良いそうです。
学文路天満宮
和歌山県橋本市南馬場821-1
場所はこちらです。
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御朱印を頂きました107回目は、奈良県明日香村にある川原寺跡です。
川原寺跡には、現在は弘福寺(ぐふくじ)が建っています。
まずは、川原寺跡の航空写真をご覧下さい。
このような伽藍配置の寺院でした。
分かり難いですが、航空写真の黄色丸は中門跡です。
その中門跡の真ん中に立ち周囲を撮影した様子がこちらです。
まずは、中金堂跡を見ます。
西方向です。
右端に少し見えているのが西金堂跡です。
南大門方向です。
向こうに見えるのは橘寺ですよ。
東方向です。
その塔跡がこちらです。
では中に入りましょう。
ところで、川原寺跡の伽藍跡に、たくさんの礎石が写っていますね。
本物は残り少なく、大部分はプラスチック製の模造品です。
しかし、弘福寺の建つ中金堂跡に行くと、このような礎石が残っています。
分かり難いですね。
これらは大理石の礎石になります。
大理石の礎石は、他では例がないそうです。
最後にご朱印です。
川原寺跡(弘福寺)
奈良県明日香村川原1109
場所はこちらです。
余談
川原寺の創建当時に使われていた屋根瓦は私が生まれ育った五條市にあった
窯で焼かれたものでした。
その窯跡で拾った瓦をかなり以前に紹介していますので
ぜひご覧下さいね。
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