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被災地で土葬が始まったと朝のニュースで聞きました。 穴を掘って、家族の同意が取れた人から、まとめて何十人か単位で埋葬するといいます。 被災から10日。 このニュースで、大きな犠牲者を出した災害の現実を垣間見たように感じました。 突然大切な人を失って、心の整理も付かないまま突きつけられる現実。 お骨を拾うこともできない。 他の人と一緒に葬られてしまうということ。 被災地から遠く離れて、テレビでしかその被害を感じることのできない私にも、それがどんなに苦渋に満ちたことであるかが想像できます。 昨日のブログでは、春がもうすぐなんて書きましたが、時間の経過というのは、復旧も進める代わりに、亡くなった人の体を否応なく腐敗させてしまいます。 写真は、19日(土)に、世界平和記念聖堂の後に立ち寄った平和公園の写真です。 広島に住む私は、原爆直後の話を聞く機会も多くありました。 広島市内の学校や公園には、犠牲者の死体が積み上げられ、燃やされたと言います。 原爆投下は8月6日の真夏であったので、それが腐敗してしまうことは、衛生上も問題であり、それが誰かの確認など不可能でしょう。 予備兵であった祖父は、原爆の翌日に広島に向かい、原爆投下後の広島で救済活動を行いました。 ただ、実は、祖父から、そのときのことを聞いたことはほとんどありません。 あまりの悲惨さゆえか、思い出したくない記憶として封印されてしまったのかもしれません。 これから、被災地は復興していかなければなりません。 でも、その前に、家族や友人といった大切な人の屍を超えていかねばならないという現実。 義援金には、わずかながら協力させていただきましたが、こういう心に深く残る傷跡というのは、お金で解決できるものではありません。 瓦礫の中に残るアルバムをどうするか、ということもテレビのニュースになっていました。 判断は現場にゆだねるとか・・・・・。 他県の大学に進学した学生達が帰省して、瓦礫の中からアルバムの回収し、持ち主に届けるという活動をしているというニュースも聞きました。 被災者の方々の心の中には、私の想像できないくらいに大きな穴が開いているのだろうと思います。 にも関わらず、力をあわせて元気に振舞う姿・・・・。 と、テレビを見ながら、いろんなことを考えています。 考えることしかできないという無力感もあります。 ただ、今の気持ち、今の思いを忘れることなく、心に強く刻んで、決して忘れないということが大切だと思います。 今回の震災で命を落とされた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災地の皆様に、一日も早く、普段の暮らしが戻ってきますよう、心よりお祈りいたします。 ※ご訪問、ありがとうございます。コメ欄閉じさせていただきました。 |
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