河童の川流れ〜

被災地の皆様が、一日も早く、いつもの暮らしを取り戻されますように。

山口

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雪の錦帯橋

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1月30日の日曜日、山口県岩国市の錦帯橋に行ってきました。
雪が降っていて、それはそれで風情がありました。

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寒い中、ご訪問、ありがとうございます。

岩国 紅葉谷と錦帯橋

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勤労感謝の日に、山口県岩国市の錦帯橋付近に行ってきました。
ここは、桜のシーズンに大渋滞を引き起こす場所ですが、紅葉の名所としてもガイド本に載っています。
紅葉の中心は、錦帯橋から少し離れた紅葉谷。
岩国藩のお殿様であった吉川家の墓所などがある谷あいの公園です。

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紅葉谷の紅葉の中心は、この六角亭。
朝鮮から贈られたものを1918年にここに移築したものとのこと。
確かに、ちょっと異国の匂いを感じます。
この建物の周辺が一番のスポットとあって、カメラを持った人たちがぐるぐるぐるぐると建物も周りを回っていました。

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六角亭の横の水溜りです。
浅い水溜りなので、水面の下に沈んだ紅葉も見えます。

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お寺の門に落ちた紅葉。
落ちたばかりの葉に陽射しが当たってました。

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桜の葉と錦帯橋と落ち鮎漁の船。
この景色はひょっとしたら、100年前と変わらないのかなあ、なんて思いました。






新緑の錦帯橋

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桜の季節に続いて、新緑の錦帯橋に行ってみました。

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大水が出たときに、効果的に水の力を避けるように、船の舳先の形をした橋脚。










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橋の裏側はというと、こんなに複雑に木組みされています。
ほんとにすごい技術です。









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重要文化財 目加田家住宅の白壁の前に咲いていたあやめです。

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目加田家住宅は、多くの城下町や港町に残るような大邸宅ではなく、中級武士の住宅。
贅を尽くした大邸宅であれば残す価値もあって現存しているものが多いのですが、中級以下の武士の家となると、それ自体の価値が低いので、ほとんどが建て替えられて、現存しているのもは珍しいとか。
このお宅も、昭和30年代までは実際に目加田さんが住まいとして使われていたとのこと。

薄暗い部屋のなかほどに階段があるのが見えますか?

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表からは分からないのですが、裏に回ると2階があります。
表はお殿様が通るので、見下ろすような二階は作れません。
しかし、大きく蛇行する錦川が氾濫すると、城下町は床上浸水することがしばしばで、どうしても二階が必要であったようです。

そして、この屋根を見て、なにか気づきませんか?

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変わったデザインだな、と思われた方も多いと思うのですが、実は一番の違いは、瓦の形なのです。
よく見ると、両側に縁のついた上用瓦と、縁のない下用瓦があるのが分かります。
「これは岩国にしかないものです。」とボランティアのガイドさん。
おもしろいデザインだとは思いましたが、実は私も言われて初めて気付きました。

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目加田家住宅の庭に咲いていた花。名前は?ですが、鮮やかな花です。





イメージ 5赤い帽子が可愛らしいお地蔵さん。掃除中のようです。

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公園にいた猫。
人に慣れているようで、ぜんぜん逃げません。


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咲き始めたアジサイ。

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もう少しすると、花菖蒲やアジサイが咲き誇るようですね。
やっぱり、6月が見ごろかなあ。

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岩国藩の藩主は、吉川家。
歴史の好きな人であればご存じかと思いますが、藩の初代当主は吉川広家。
関ヶ原の合戦の話になると、必ず名前が出てくる人物であり、毛利元就の孫、吉川元春の三男です。
吉川家と言えば、小早川家とともに、毛利両川といわれた家です。
毛利元就の「三矢の訓」は、元就が自分の三人の子に語ったものとされていますが、それがまさしく、毛利家、吉川家、小早川家が一枚岩となって乱世を乗り切るための教えでした。
関ヶ原の合戦で、どうして名前が出てくるかというと、毛利家の当主である、毛利輝元は西軍の大将。
にも関わらず、徳川の時代が来ることを確信した吉川広家は秘密裏に家康と接触し、領国安堵を条件に関ヶ原の合戦では「毛利は動かない」という約束をします。

関ヶ原の合戦では、小早川が動かず、毛利も動かず、結果として、東軍の勝利に終わります。

戦後処理が行われ、家康の出した結論は「毛利家取りつぶし」、吉川広家には長州・周防の2国を与えるというもの。
約束が違う!と徳川家に談判するも認められず、最終的には、自分に与えられるとされた長州と周防の二国は毛利家に譲り、自らはこの岩国藩の藩主となりました。
吉川広家は、自らの領国を削ることで毛利家を守りました。
にも関わらず、毛利家側では「約束が違うじゃないか」と吉川家への不満がいっぱいであったとのこと。

吉川広家は偉い人です。











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錦帯橋のこのアーチの美しさというのは、決して石のアーチに負けてないですね。
木で作ってしまうところが日本人らしい。
木を巧みに組み合わせて、35Mもある長い橋脚の間を木組みだけで支えています。
錦帯橋を世界遺産に、なんて動きもあるようですが、それはともかく、世界でも珍しい木製のアーチ橋。
一見の価値は十分あります。
ただし、桜のシーズンは渋滞覚悟で・・。


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※ご訪問ありがとうございます。
続きの記事なので、コメ欄を閉じさせていただきました。

桜と人と錦帯橋の春霞

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山口県岩国市の錦帯橋に行ってきました。
桜のシーズンということで、半端でない人出。
桜を撮ったのか、人を撮ったのか、よくわからないありさま。

とはいえ、せっかく撮ったのでアップさせていただきます。

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岩国市は、毛利家の親戚筋にあたる吉川家が藩主を務めた「岩国藩」の城下町。
現在の中心は海沿いになりましたが、かつてはこのエリアが藩の中心でした。
山上のお城は岩国城。
戦後の復元です。

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ご訪問ありがとうございます。

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