またたび

悪魔は歳をとっている。

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この映画で松子は、一見、他人から見ると不幸に見えるけど、本当はハッピーであっただろう、という解釈に拠っている。

そのため映画では、明るい色彩のCGやアニメ、音楽をふんだんに使い、まるでディズニー映画のような仕立てになっている。そのおかげで、観ていて暗い気分にはならない。

パッチギ2のように、ヒロインが真実を告白する場面がもたらすような感動は、この映画にはないけれど、観て楽しめて良い映画だと思う。

松子は、もともと能力がありガンバリ屋さんで、現実社会との適応能力もあるのだが、男がからんでくると、途端に不器用になる。

松子が惹かれる男は、いわゆるダメ男で、<この人は自分がいないとやっていけない>と松子に思わせるような男。

松子がダメ男に惹かれるようになった理由を、映画では、松子と父親との関係で暗示している。

松子は、<父は自分を愛していない>と思い込み、愛情に対する飢餓感を抱いてしまう。そしうて、対人関係における適当な距離感をもてなくしてしまう。

松子は、同棲相手の男から暴力を振るわれても、「でもいい、殴られても殺されても独りぽっちよりマシ」と想う。同棲中のヒモに裏切られ、殺害してしまい「今度こそ、人生が終わった」と想う。

父親は、じつは、松子のことをずっと気に懸けていて、日記にその事を書いていた。松子がその事実を知る時が来る。

松子の人生の半分は、父親に対する誤解に影響されてきた。この事実を認めて、これまで自分がしてきた事とそれに伴う感情を自分で観察することができれば、松子は生まれ変わることが出来ただろう。

しかし松子は、40歳から13年間も引きこもりの生活をしてブクブクに太ってしまう。

引きこもりは、外部社会の脅威から自分の心を守ろうとする行為。脅威となるのは、他者との関係であり、他者との感情の交流がもたらす自分の感情の動きだろう。

人間は、他者との関係のなかで発達し、他者を鏡としてはじめて自分を確認できる存在だ。その関係を絶てば、出家した僧侶と同じで、世捨て人となる。
つまり死んだも同じことになってしまうのではないか。

【映画での松子の経歴】

昭和22年 0歳。 川尻家の長女として福岡県に生まれる。
昭和30年 7歳。 幸せを夢見る明るい子供時代を過ごす。
昭和46年 23歳。 担任を務める中学校で窃盗事件。教師を辞職。(セクハラあり)
昭和46年 23歳。 作家志望の八女川と同棲。暴力にあう。
昭和46年 23歳。 八女川、踏切自殺。

昭和47年 24歳。 八女川の友人、岡野と不倫。妻にばれて破局。
昭和48年 25歳。 中洲のソープ嬢になり、店のトップに。
昭和49年 26歳。 同棲中のヒモ、小野寺に裏切られ殺害。自殺未遂。
昭和49年 26歳。 上京。理髪店の島津と同棲中に逮捕される。
昭和49年〜 刑務所に服役。8年後に出所。

昭和58年 36歳 教え子、ヤクザの龍と再会。同棲。
昭和59年 36歳 龍、逮捕され刑務所へ。
昭和63年 40歳 出所した龍と再会。龍、再び逮捕され服役。
平成元年〜 一人暮らしの引きこもり生活。
平成13年 53歳 荒川の河川敷にて、死体で発見される。

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04年に高い評価を得た「誰も知らない」を観た。

1988年、東京都豊島区でおきた「巣鴨(すがも)子供置き去り事件」を題材にして創られた映画で、悲惨な事実には触れず、母に捨てられた12歳の少年を肯定的に描いている。それがいい。

母親に新しい恋人が出来て、母親は子供を部屋に置いて出ていく。そのとき、少年と母親は、次のような会話をする。

少年「だいたいお母さん勝手なんだよ」

母親「なによ、その言い方。勝手って、誰がいちばん勝手なの、あんたのお父さん、いちばん勝手じゃないの。独り、居なくなって、何よ。私は幸せになっちゃいけないの。」

母親に、自分も幸せになる権利がある、と言われ、捨てられた少年の心は、どのようなものだろうか。

この映画を観た後、小学生の時に母親に捨てられた親友を想いだした。
彼の母親は、小学生の彼と教員をしていた夫を捨てて、別の男のもとに行ったのだ。

彼とは大学で知り合った。
しばらくして彼は、友人の部屋で自殺を図ったが助かった。

彼は、恋人との間に子供が出来て、医者から、今度おろすと子供を産めない身体になると言われ、息子が誕生した。
彼は仕事をして仕送りをしながら学業と学生運動をしていた。

そして卒業後、中学の教諭になった。
彼が先生となり赴任した先は、被差別部落を含む学区にあり、校内暴力の横行する中学として有名だった。その学校で、少年たちと真摯な関係を築くには、親の信頼を得る必要があると考えた彼は、安酒を持参して家庭訪問を繰り返したという。

毎年届く彼からの年賀状には、少年の心が詩にして書かれている。
彼が、そこまで教え子の中学生と真剣に接したのは、彼自身の心の傷、母に捨てられた少年の心を癒すためのでもあったのだろう。

その彼の息子も中学の先生になり結婚した。
そして今では、彼には孫がいて、「孫がこんなに可愛いものとは思わなかった」と言っている。

彼に今度会ったら、今、母についてどう想っているか、聞いてみようと思う。
きっと、すべて許す気持ちになっていると想う。

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先日、新幹線の車中でビールを飲みながら本を読んでいたら眠ってしまい、あわてて降りたら本を忘れてしまった。

新幹線の忘れ物係に聞くと届け出がないとのこと。

本は図書館から借りたものなので、図書館に聞くと、なくした場合は本の代金を払うのがルールという。それは、僕のミスだから仕方がない。

問題は、その本の代金は図書館の収入にならず市の収入になるので、再び図書館が仕入れるかどうか分からないということ。図書館が仕入れないなら、続きを読むために僕はその本を購入しなければならなくなる。


本は『カウンセリングと心理療法』という専門書で、図書館のスタンプが押してあり、古本で売れるとは思えない。

持っていった方、恨みませんから返して下さいませんか。

パッチギ LOVE&PEACE

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『パッチギ LOVE&PEACE』を観た。前作『パッチギ』の続編として、在日の青年の生き様(純粋な愛)を描いているが、娯楽性も大切にしていて、重たい作品になっていないのが良い。

黒沢の作品にも娯楽性があったように、観て愉しいというのは大切だと想う。それには、やっぱりいい男といい女が出ていた方が絵になる。

生きていて良かった、生きていることには意味がある、と想わせてくれる映画だ。

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やっと、カール・ロジャーズの本の1冊目を読了し、2冊目に入った。

ノートをつけて読むと、時間がかかるが、気づいたことを再確認できて良い。文字を書くのはボケ対策にも良いようだし。

フロイトやサリヴァンは、人間というものが、(意識すると)自己の生存を脅かす事に遭遇した場合、無意識の世界に感情を葬ることを指摘した。その無意識世界に捨てられた感情が、抑えきれなくなると心の病気になる。

では、どうすれば心の病を治癒できるのだろうか?
僕にはそれが分からなかった。

しかし、ようやく、その答えの一つをロジャーズから学んだ。
あらゆる生命体は、自己の希望を実現する方向、つまり建設的な方向で生きていこうとする衝動がある。心の病は、自分の行為に伴うべき感情を押し殺し、体験から疎外してきた結果だから、その感情を本人の体験として認識すれいいことになる。

ロジャーズは、信頼する人に話を聴いてもらうことが疎外した感情を取り戻す有効な方法であることを証明した。良いこととか、悪いことという基準はない。自分は自分である。そして、新しい体験をすることで、自分は新しい自分になっていく。その体験が、自己実現の方向であるとき、成長ということになるだろう。

少し前に花をつけた梅の木が、今日には、実をいっぱい付けている。

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