災害子ども支援ネットワークみやぎのブログ

東日本大震災で被災した子どもたちへの支援を行っています

震災日記

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3月23日

 震災から12日たち、不便が当たり前になって日常とかしてきました。
 チャイルドラインみやぎの事務所はやっと昨日水が出るようになりました。店も少しずつひらくようになりました。
 それでも、まだ買うためには行列しなければなりません。ガソリンも相変わらず不足しており、100台以上並んでいるスタンドがたくさんあります。皆被災してるのに、職場は通常通り始まっているので、皆松陵やガソリンを調達するのにへとへとになりながら、また、いつもなら車で十数分のところを3時間かけてダイヤの不規則な公共交通機関で通勤し、疲れきっています。不思議な都市型災害です。

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3月15日

夕べやっと電気が復旧しました。電話はまだ通じません。
今まではラジオだけの情報でしたが、テレビが見られるようになって、各地の津波の様子などを目の当たり
にし、改めて恐怖が襲ってきました。
 状況が明らかになるにつれて、私の回りでも、親や親戚がなくなったり、行方不明だったりという方が増えてきました。かけつけようにも交通手段がままならないという状況です。
 地震から4日経って、ガソリン不足が深刻になってきました。仕事が再開される職場も増きてえ、足の確保をと、いつ開くかわからないガソリンスタンドに車の列が数十メートルできています。実際は緊急車両しか給油しないスタンドも多いので、これまで食料や水を求めて並んでいる静かな列とは違って、少し殺気立ったものを感じて心配です。

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3月12日

運営をしている児童館を見に、車で出かけました。ところどころ道路が陥没し、
信号機も消えたままなので運転していて怖いおもいをしました。

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3.11その日から

震災日記       小林純子
 
3月11日
午後、税理士さん宅をおいとましようと玄関を出た私の後を追うように、税理士さんと職員の方が飛び出して来られました。と思うまもなく、目の前に止まっていた電気工事の大きな車がユッサユッサと動き、電柱や電線が凄い勢いで動き出しました。これはただごとではないと思い、駐車場になっている空き地に避難しました。まわりに大きな建物はないので、大丈夫とおもいましたが、あまりに揺れが強いので、車が走りださないか心配でした。
何度も強い揺れが繰り返し、少し落ち着いたところで車に戻り、家に帰りました。
 家に帰ってビックリ!食器戸棚から3分の1ほどの食器が落ちて重なりあっています。食器戸棚の上段のガラスが割れてしまって全部落ちていました。ピアノや書棚は40センチほど移動しています。地震のときは外にいたので、これほどひどいとは思いませんでした。繰り返し余震があるので、カーラジオをつけて夕方まで車のなかで過ごしました。大きな余震のときは、大勢の人が車をゆすっているような感じがしました。
 その晩は電気、ガス、水道すべてが止まって、ろうそくの明かりで過ごしました。

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