つれづれごと
Skoop On Somebodyこの日が来ることはわかっていたけれど、こんなに早くくるとは思っていなかった。
KO-HEYがSkoop On Somebodyを公式に脱退する日、それがSKOOPとしてデビューした15周年目の前日だった。 音楽活動を休止する、その時点のお知らせを読んだときから、もう戻る気持ちがないことはわかっていた。 そして、他のメンバーの2人もそれを知っていたはず。 きっとアロハプロダクションが潰れたときから、彼らは彼らとしてやりたいことが、どんどん出来なくなって いったに違いない。 そんな体制で音楽を続けることが、KO-HEYは辛くなった。 それでも他の2人は、どんな形であれ音楽を続けるという道を選びたいと思った、 それがいきさつなんじゃないかと思っている。 事実を知りたい、でも、おそらく公にできない理由だから、あんなにあっさりと公式に脱退のお知らせを したのではないだろうか。 おそらく、音楽活動休止の時点で脱退することは決まっていた。 いきなりの脱退は波紋を呼ぶからフェードアウトするような形にしたのだろう。 心身の疲れが理由で音楽活動を休止していたが、あちらこちらで元気な姿は目撃されていたし、 あっというまにお店も開店し、雑誌にも顔写真入りでお店を明かしていたのだから、 別にうつ病でもなんでもなく、Skoop On Somebodyとして活動を止めたかったいうことに違いない。 店ではLIVE出演者を募っているし、音楽そのものが嫌になったわけではなく、何かの理由で Skoop On Somebodyのメンバーとして音楽活動をするのが無理になった。 そう思っていても、それでも、なにかの拍子になにかが変化して、メンバーとして戻ってきてくれることを 祈っていた。だけど、叶わなかった。 Skoop On Somebodyの音楽は3人がそれぞれ作曲する楽曲の個性があったからこそ、 3人のハーモニーとグルーブがあったからこそだったのに・・・ 2人になったメンバーの活動と楽曲は、私が好きだったころから、 どんどんずれてしまっている。 戻らない、あの3人を切望する気持ちともう取り戻せないという 現実の狭間で、どうしようもない悲しい気持ちが抱えて苦しい気持ちをぬぐえない。 |
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