|
むかしむかし、京の都に「仁明天皇」(にんみょうてんおう)という天皇さんがお住まいでした。 ある年の七月一日、天皇さんは騒がしい女官の声でお目覚めになり「何ごとぞ」とお側に仕える菅原充子という女官にお尋ねになると、充子は「白い物が都中に降り積もり、御所のお庭が真っ白でございます」と申し上げました。 天皇さんが早速お庭にお出ましになると、御殿のお屋根や木々がまるで綿雪をかぶったように真っ白になっていました。 天皇さんは源季成という武官をお召しになり、都で一番足が速い「旭日」という馬で都の様子を見てくるように命じられました。 季成はすぐさま宮中を出て、上賀茂・吉田・清水・伏見・桂・嵯峨までも「旭日」を走らせて都の様子を見てまわり、昼には宮中へ戻ってまいりました。 天皇さんは季成をお召しになり「民の様子はいかに」と、お尋ねになると季成は、「都中見渡すかぎり真っ白にて、草木は色を失い、虫や鳥は姿が見えず、人民は恐れ騒いでおります」と、その恐ろしい様子を報告しました。 天皇さんは大層おどろかれ、都で一番物知りという平兼人をお召しになり「この様は何としたことぞ」とお尋ねになると、百十歳になる兼人は「昔、唐の国の鏡山という山に、白い灰のようなものが七日七晩の間降り積もり、国中が乱れた折、時の帝が都の西にまつられている神々に百種類のお供え物をされて平安を祈られたところ、八日目の朝に白い物は降り止み、その年の稲はことのほか豊作で富栄えました」と申しあげました。 天皇さんは早速、都の西にある「西院春日神社」の神主 藤原安雅に国家安泰・五穀豊穣の祈願を命じられました。 それから七日七晩の間、安雅は御神前でひたすら平安を祈り続けると、八日目の朝ついに「白い物」は降り止みました。 天皇さんは再び兼人をお召しになり「かの白い灰のごときは何ぞ」とお尋ねになると兼人は「米の花なり」と答えました。 その年の秋、兼人の言葉通りに稲穂はたわわに稔り、国中富み栄えました。 天皇さんはたいそうお喜びになり、兼人にほうびとして「銀の杖」をお与えになり、西院春日の大神に「金銀・五色」のごへいをお供えになりました。 以来、旧暦七月一日には「国家安泰・五穀豊穣」を祈る「米乃花神事」が行われています。 昨日八月十三日は旧暦七月一日でした。
↓ 米乃花神事にお供えされる「米乃花の御供」(こめのはなのごく) |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用




