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今日一日(“いちにち”ではありません“ついたち”です)は「疱瘡石」(ほうそういし)の拝観日で、多くの方が朝からお参りでした。 疱瘡石は、↓ で、 毎月 朔日月次祭(ついたち つきなみさい→http://blogs.yahoo.co.jp/saiinkasugasan/19235349.html) と 月次例祭(つきなみ れいさい) と 望月月次祭(もちづき つきなみさい) の 三日間だけ本殿中門(ちゅうもん)に安置されて、多くの方にお参りしていただいております。 《霊石 疱瘡石》
平安時代、淳和天皇皇女・崇子内親王が、当時は不治の病として恐れられていた「疱瘡」(現在の天然痘)をお患いになられたおり、春日神社にご快復をご祈願されたところ、春日大神様は内親王の身代わりとして、御神前にあった石に疱瘡をお移しになり、内親王がご快復されたと伝えられ、以来「疱瘡石」と呼ばれ、病気平癒・災難厄除のご利益があり、歴代天皇・皇族方も大変御信仰されてまいりました。 当社に保管されている江戸時代の文書によりますと、後桜町天皇、光格天皇、仁孝天皇、孝明天皇をはじめ、都禰宮(光格天皇皇女)、敏宮(仁孝天皇皇女)、和宮(孝明天皇皇妹)方などの御祈祷に関する記録があります。 この様に疱瘡石は江戸時代まで皇室をはじめ庶民に至までひろく信仰を集めていましたが、明治時代になると政府はそれまでの各神社独自の習慣・しきたりを排除する「国家神道」の方針により、疱瘡石は御本殿の奥深くに納められ、その存在は人々の記憶からうすれ、歴代宮司でさえ口伝にのみの存在であり、その形容さえ不確かな物となっていました。 近年、当代宮司により、文書に記された疱瘡石の大きさ・形などから御本殿内に秘蔵の石が、長年幻とされていた「疱瘡石」であることが確認され、現在では、祈祷殿に奉安され、毎月一日・十一日・十五日の三箇日のみ、一般拝観を行って居ります。 色・形など大変風格があり、千二百年の歴史の重みと、信仰の篤さが感じさせられます。 皆様もこの機会に「疱瘡石」を間近に拝され、春日大神樣の御神徳と疱瘡石の御利益を頂かれます事を祈念申し上げます。 |

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