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11月は七五三の月です。 神社によっては10月からされているお社のあるようですが、当社では11月中の行事です。 冬の訪れが早い北海道などでは「9月頃」や「春」に行われるところもあるようです。 一般に 11月15日が七五三とされていますが、特別な決まりではありません。 11月15日は、徳川家の若君(詳しくは覚えていません・・・)のお誕生日が11月15日だったので、あやかって11月15日が江戸で広まった。という事です。 京都ではそもそも「七五三」より 「十三参り」(じゅうさん まいり)が主流でした(明治・大正・昭和初期まで) 十三参りは、数え年十三歳に神社やお寺(特に『嵐山・法輪寺』が有名ですが)にお参りをする習慣です。 いずれにしても、子供が生まれてから今日までの「無事に成長」したことを感謝し、 「益々の幸福」を祈る行事です。 江戸時代はもとよりもっと昔の日本では、子供の免疫力が低く、現代ほど医学が発達しているわけでもなく、栄養状態が良いわけでもなく。 子供が生まれてもすぐに亡くなったり、一歳・二歳まで大きくなることが少なかった時代に、三歳・五歳まで成長すれば一安心。 七歳まで大きくなればさぞかし「バンバンザイ」\(^o^)/\(^o^)/だった事でしょう。 こうした背景があって、わが子を思う親の心が「七五三」として習慣になったようです。 また、七五三は子供の成長過程の節目で、現代的にいうと「保育園」「幼稚園」「小学校」へ進む年齢でもあります。 外の世界へ少しづつ出て行き、世のしきたり・決まりごとなどを覚えていく年齢です。 小さいながらも、神様の前での「お作法」「お行儀」に触れる絶好の機会です。 また、親御さんも七五三を通じて、 わが子のすこやかな成長を「神様に感謝をし」 いつもお世話になっている 「ご近所さん」 「お友達」 「ご家族・ご親戚」 そして「ご先祖さま」に「感謝をする」儀式です。 お宮に一通のお手紙とお写真があります。 差出人は 皇太子妃雅子殿下 ※妃殿下からのお直々ではありませんが 妃殿下のおぼしめしで、側近の方からのお手紙です。 内容は、 「敬宮さまが“七五三”をお元気にお迎えになられたことは、春日神社やご縁の深い多くの方々のお陰であると妃殿下がおぼしめしになり、お喜びのお気持ちとして思し召し書をお送りいたします」 というものです。 これなどまさしく 「神様に感謝をし」 「ご縁の方に感謝をする」親の心のあらわれです。 |

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